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世界的な麻疹の再流行:免疫の消失や世界的なリスク

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Do, Lien Anh Ha, and Kim Mulholland. “Measles 2025.” The New England journal of medicine vol. 393,24 (2025): 2447-2458. doi:10.1056/NEJMra2504516

米国などで一度は「排除」が宣言された麻疹(はしか)が、現在、公衆衛生上の深刻な脅威として再燃しています。2024年の世界全体の確定症例数は395,521件に達し、2025年に入っても最初の2ヶ月間だけで既に16,147件が報告されています。麻疹の流行は低所得国に留まらず、米国では2025年5月30日時点で1,088件の症例と3人の死亡が確認されており、日本を含む先進国においても大きな問題になっています。

なぜ、ワクチンで予防可能なこの疾患が、流行してzるのでしょうか。NEJMに掲載されたレビューでは、麻疹が持つ強力な感染力に加え、回復後の子供を約1年間にわたり感染に対して脆弱にする「免疫の消失」というリスク、そして現代の公衆衛生が直面している構造的な課題についてまとめられています。

キーポイント

  • 免疫学的健忘(Immune Amnesia): 麻疹ウイルスは免疫の記憶を消去し、回復後も最大1年間、他の感染症による死亡リスクを高めzます。
  • 集団免疫の臨界点: 基本再生産数(R_0)が12〜18と極めて高いため、流行を阻止するには地域全体のワクチン接種率を95%以上に維持し続ける必要があります。
  • 若年層の免疫空白: 母体由来の抗体が生後3〜4ヶ月で急速に減衰しており、従来の接種スケジュール(9〜15ヶ月)では防げない感染リスクが課題となっています。
  • ビタミンAと肺炎対策: ビタミンA投与による死亡率低減(34〜50%)に加え、免疫回復期における肺炎球菌ワクチンの追加接種という新たな方法が議論されています。

強い感染力と再流行の背景:なぜ今、拡散しているのか

麻疹ウイルスの基本再生産数(R_0)は12〜18であり、これは一人の感染者が免疫のない集団の中で平均12〜18人に感染を広げることを意味します。この極めて高い伝播力を封じ込めるには、2回接種の完了率が95%以上に達していることが絶対条件です。

現在の再流行の背景には、主に二つの要因があります。第一に、新型コロナウイルス(Covid-19)パンデミックによる定期接種プログラムの中断です。2022年から2023年にかけての世界の第1回接種率は83%まで低下し、2008年以来の最低水準を記録しました。第二に、ワクチン忌避の深刻化です。自閉症との関連を巡る誤情報や、公的機関への不信感が、高所得国においても接種率を押し下げています。

免疫の消失:回復後も続く二次感染の脅威

麻疹の真のリスクは、急性期の症状そのものよりも、感染が免疫システム全体に与える長期的な影響にあります。麻疹ウイルスは、以前に獲得した病原体に対する免疫情報を保持する「メモリーB細胞」および「メモリーT細胞(CD150+リンパ球)」を枯渇させ、免疫を焼失させます。

この「免疫学的健忘」により、患者は回復後も最大1年間にわたり、他の細菌やウイルスに対する抵抗力を失います。ドイツで行われた研究では、麻疹から回復した子供の肺炎リスクが、非感染者と比較して1.6倍(95%信頼区間: 1.4〜2.0)に上昇していることが示されました。

麻疹は、完全に回復した患者において最大1年間にわたる免疫学的健忘を引き起こし、重篤な二次感染への感受性を高めるなど、一連の深刻な健康問題をもたらします。

この免疫抑制期間は、肺炎球菌などの二次感染による多重感染のリスクを引き起こします。この解決策として、麻疹の回復期に肺炎球菌結合型ワクチンの追加接種(ブースター)を行うことで、この二次的な死亡を防ぐ手法が有望視されています。

乳児を守る:母体抗体の減衰と早期接種の議論

公衆衛生戦略における課題は、母親からの移行抗体が早く消失している点です。近年のメタ分析によれば、生後4ヶ月時点で抗体陽性を維持している乳児はわずか24〜35%に過ぎません。この「免疫の空白期間」を埋めるため、流行地域での早期接種(生後4ヶ月〜)の有効性が検討されています。

  • 有効性のデータ: 生後4.5ヶ月での接種は、麻疹感染に対して94%の有効性を示し、入院の防止については100%の有効性を発揮したとの報告があります。
  • トレードオフ(ブレンディング効果): 早期接種を行うと、その後の定期接種で得られる抗体価が通常より低くなる、あるいは早期に減衰する可能性があるという課題も残されています。

それでもなお、乳児における肺炎や脳炎といった重篤な合併症リスクを考慮すれば、流行地域における早期接種は検討すべき重要な選択肢です。

対症療法としてのビタミンA

現在、麻疹に対する特異的な抗ウイルス薬は承認されていません。そのため、対症療法としてWHOは居住地域にかかわらず、急性期の全患者にビタミンAを投与することを推奨しています。ビタミンAは免疫応答を強化し、死亡率を34〜50%減少させることが示されています。

表1:米国およびWHO基準に基づく麻疹患者へのビタミンA推奨用量

年齢層推奨用量 (1日量)頻度
生後6ヶ月未満50,000 IU (15,000 μg RAE)2日間連続投与
6〜11ヶ月100,000 IU (30,000 μg RAE)2日間連続投与
12ヶ月以上200,000 IU (60,000 μg RAE)2日間連続投与
以前の欠乏症や眼の合併症あり第3回投与を実施第2回投与の2〜4週間後

*RAE: レチノール活性当量

一方で、科学的根拠に基づかない情報への対策も重要です。「ビタミンAがワクチン代わりの予防になる」という誤情報が、適切な接種を妨げることがあってはいけません。一方で、医療的指導のない過剰摂取は急性・慢性の毒性を引き起こすリスクがあり、正確な情報の伝達が求められます。

グローバルな連帯の欠如:政策と資金が左右する未来

麻疹の制御は、一国の公衆衛生を超えたグローバルな安全保障の問題です。しかし現在、国際的な支援体制は十分とは言えません。

米国によるWHO(予算の19%を拠出)やGaviワクチンアライアンス(同13%を拠出)への支援撤回や削減の動きは、低所得国における麻疹のコントロールを難しくしています。「感染症に国境は関係ない」という原則に基づけば、他国での流行は、国際的な渡航を通じて必ず自国への「輸入症例」として跳ね返ってきます。支援の削減は、長期的には自国民の健康を危険にさらし、な社会的・経済的コストを強いる可能性があります。

さいごに

昨今の麻疹再流行は、公衆衛生の基盤がいかに脆弱であるかを示しています。パンデミックによる混乱、ワクチンへの不信、そして国際的な連帯の希薄化が、防げるはずの病気を再び生み出しています。

現在、コールドチェーンを必要とせず、痛みのない「マイクロニードルパッチ」といった新しいワクチン技術の開発が進んでおり、アクセスの困難な地域での接種率向上が期待されます。また、肺炎球菌ワクチンの併用による二次感染防止なども議論されています。

一方で、技術の向上よりも重要なのは、科学的に根拠のない不信感や、国際的な協力の欠如といった課題の解決です。麻疹という恐ろしい病気のの再拡大を止められるかどうかは、私たちにかかっているのです。