成人において最も頻度の高い原発性悪性脳腫瘍である膠芽腫(グリオブラストーマ:GBM)は、標準治療を行っても中央全生存期間が1年未満にとどまる極めて予後不良な疾患です。外科的手術、放射線療法、および標準化学療法薬であるテモゾロミド(TMZ)を組み合わせたStuppプロトコルが確立されて以来、20年近くにわたり患者の生存期間を大幅に改善する新しい治療法は登場していません。脳腫瘍特有の強力な免疫抑制的腫瘍微小環境、全身的な免疫低下、そしてTMZ投与に伴う重度のリンパ球減少などが障壁となり、既存のがん免疫療法も十分な成果を上げられずにいました。
こうした背景の中、化学療法を単に免疫細胞を阻害するものと捉えるのではなく、化学療法が引き起こす生体ストレス反応を攻撃の標的として利用し、免疫療法の効果を最大化する統合的なアプローチが開発されました。本論文では、初発膠芽腫患者を対象に実施された、遺伝子改変γδ(ガンマ・デルタ)T細胞を用いた革新的な第I相臨床試験について報告されました。
キーポイント
- 遺伝子改変γδ T細胞(DeltEx DRI)のコンセプト: TMZ投与によって腫瘍細胞表面に誘発されるストレス応答リガンド(NKG2D-L)を標的化しつつ、レンチウイルスベクターを用いてp140K-MGMT遺伝子を導入することでT細胞自体をTMZ耐性化(DRI技術)し、化学療法と免疫療法の同時併用を可能にしました。
- 高い安全性プロファイルの確立: 初発GBM患者を対象とした第I相臨床試験において、用量制限毒性(DLT)は認められず、サイトカイン放出症候群(CRS)や免疫エフェクター細胞関連神経毒性症候群(ICANS)の発現事例もゼロでした。
- 投与頻度の増加による生存期間の延長傾向: 複数回の反復投与(コホート2および3)を受けた患者群では、単回投与(コホート1)や歴史的対照群と比較して、無増悪生存期間(mPFS 16.1か月)および全生存期間(mOS 19.5か月)の明らかな向上が確認されました。
テモゾロミド化学療法と融合する遺伝子改変γδ T細胞の基本メカニズム
がん治療において化学療法と免疫療法を併用する際、化学療法薬が持つ細胞毒性によって投与した免疫細胞自体が死滅してしまう点が長年の大きな課題でした。本研究で開発されたDeltEx DRI(Drug-Resistant Immunotherapy)技術は、化学療法が腫瘍に与える変化を認識・攻撃の目印として利用しながら、免疫細胞に薬剤耐性を付与することでこの矛盾を解決しています。
- 背景: 従来のがん免疫療法で主に用いられるαβ T細胞とは異なり、γδ T細胞は主要組織適合遺伝子複合体(MHC)による事前抗原提示(プライミング)を必要とせず、多様な悪性腫瘍細胞を直接認識して傷害する固有の自然免疫特性を持っています。しかし、標準化学療法薬であるTMZは強力なリンパ球減少を引き起こすため、通常のT細胞では併用時に生存できません。
- 原理とタイムウインドウ: TMZを投与すると、腫瘍細胞内でDNA損傷応答経路が活性化し、細胞表面にストレス応答リガンドであるNKG2D-L(NKG2Dリガンド)が過剰発現します。このNKG2D-Lの誘導は投与後6〜18時間という短時間に限られる「一時的なタイムウインドウ」です。そのため、TMZ投与の1日目(静脈投与後4時間以内)にγδ T細胞を脳内へ注入するというプロトコルが設定されています。
- 遺伝子改変(DRI技術): 強力なTMZが存在する環境下でγδ T細胞を守るため、レンチウイルスベクターを用いてMGMT(p140K-MGMT)遺伝子をT細胞に導入しました。これにより、化学療法と同調して活発に機能する耐性化γδ T細胞(DRI γδ T細胞)が作製されました。
- 正常脳組織への安全性: 基礎研究において、TMZや放射線に曝露された正常なヒト・マウスの脳組織やアストロサイトではNKG2D-Lの過剰発現が起こらないことが確認されています。そのため、DRI γδ T細胞は正常脳組織に対して毒性を示さず、腫瘍細胞を選択的に攻撃できる裏付けが得られています。
従来は化学療法と免疫療法を時期をずらして投与せざるを得ませんでしたが、本技術はTMZによる標的増幅と耐性化免疫細胞の投入を完全に一致させることを可能にしました。化学療法と免疫療法を相乗的に機能させるアプローチとして大きな臨床的意義を持っています。
第I相臨床試験のデザインと安全性プロファイル
脳腫瘍に対する新たな細胞療法の開発において、中枢神経系へ直接細胞を注入するアプローチの安全性確認は重要です。局所の炎症反応や全身性の神経毒性発現の有無を慎重に検証するため、臨床試験が設計されました。
本第I相臨床試験(ClinicalTrials.gov登録番号: NCT04165941)の概要は以下の通りです。
- 治験の相・デザイン: 単一施設、単一アーム、固定用量・投与頻度漸増デザインによる第I相臨床試験(3+3デザイン改変型)。
- 対象患者: 初発の膠芽腫(GBM)患者(登録23例、実際の治験薬投与13例)。
- 投与を受けた13例の背景データを見ると、92.3%(12例)がIDH野生型(悪性度が高く予後不良なタイプ)、54.8%(7例)がMGMTプロモーター非メチル化(TMZ化学療法が効きにくいタイプ)、46.2%(6例)が亜全摘(腫瘍の取り残しがある高リスク群)であり、極めて臨床的リスクの高い患者集団が対象となっています。
- 投与経路・方法: 腫瘍摘出術時に腫瘍腔内へ留置したリックハム(Rickham)カテーテルを介し、脳内局所へ直接注入(1回あたり107 cells)。維持TMZ療法(150 mg/m² 静脈内投与)の1日目に細胞を注入し、翌日から4日間の経口TMZ投与を実施。
- コホート構成:
- コホート1: 1回投与(n=3)
- コホート2: 最大3回投与(n=4)
- コホート3: 最大6回投与(n=6)
- 主要評価項目(Primary Endpoint): 安全性(用量制限毒性[DLT]および有害事象の評価)。
試験の結果、すべての用量・投与頻度において用量制限毒性(DLT)は認められませんでした。さらに、全身性の重篤な全身炎症反応であるサイトカイン放出症候群(CRS)や、免疫エフェクター細胞関連神経毒性症候群(ICANS)の発現事例もゼロでした。血清中のプロインフラマトリーサイトカイン(IL-6, IL-1b, TNF-a, IFN-g, GM-CSF, CCL2)の解析でも投与後の病的な上昇は見られず、特にCRS発症の鍵となるIL-6の血清濃度は極めて低い状態に保たれていました。
また、治療に起因する死亡例やカテーテル留置に伴う脳内感染症の発生も認められませんでした。確認されたGrade 3以上の有害事象(血小板減少やリンパ球減少など)は、主に標準治療であるTMZ化学療法や放射線療法に起因するものでした。
Journal of Clinical Oncology(JCO)の副編集長は、本試験の成果について次のようにコメントしています。
自己・遺伝子改変T細胞療法は、初発GBMに対する脳内注入を通じて、安全で有望な治療的アプローチとなる可能性があります。
(Caroline Chung, MD, MSc, FRCPC)
投与頻度の増加に伴う生存期間(PFSおよびOS)の延長傾向
本試験では副次評価項目(Secondary Endpoints)として、無増悪生存期間(PFS)および全生存期間(OS)の評価が行われました。投与回数別の追跡結果は以下の通りです。
| コホート区分 | 投与回数 | 中央無増悪生存期間(mPFS) | 中央全生存期間(mOS) |
| 全体(n=13) | 1〜6回 | 9.9か月 | 15.6か月 |
| コホート1(n=3) | 1回 | 8.0か月 | 15.6か月 |
| コホート2+3(n=10) | 複数回(最大3回または6回) | 16.1か月 | 19.5か月 |
単一投与と複数回反復投与の比較分析から、投与頻度の増加に伴う臨床的アウトカムの改善傾向が示されました。1回のみ投与を受けたコホート1のmPFSが8.0か月であったのに対し、複数回の反復投与を受けたコホート2および3の統合解析では、mPFSが16.1か月へと大幅に延長しました。mOSにおいても、単一投与群の15.6か月に対し、複数回投与群では19.5か月という良好な成績が確認されています。
この結果を歴史的対照データ(Stuppプロトコルにおける標準治療データ:mPFS約6.9か月、mOS約14.6か月)と比較すると、複数回投与群の臨床成績の良好さが示唆されます。
このような生存期間延長の背景には、膠芽腫の倍加時間(腫瘍細胞が2倍に増殖する期間)よりも短い間隔(28日周期の維持TMZ療法ごと)で反復投与を行うことで、腫瘍の再増殖を効果的に防ぎ、腫瘍量に対する免疫細胞の比率(エフェクター・ターゲット比:E:T比)を有利に維持し続けるという治療意図が機能していると考えられます。
腫瘍局所における持続的浸潤と全身性免疫応答の回復
治療が生体内で誘発した免疫反応を解明するため、探索的評価項目(Exploratory Endpoints)として組織生検試料の免疫組織化学(IHC)染色および末梢血の解析が実施されました。
- 局所免疫浸潤と偽進行の観察:
- 経過中に画像上で再発が疑われ切除生検を行った患者(患者001および患者022)の組織解析において、初発時にはほとんど見られなかった大規模なγδ T細胞の浸潤と広範な腫瘍壊死が確認されました。また、CD4+およびCD8+のαβ T細胞の浸潤も合わさって観測されており、局所投与された細胞が長期間生存して腫瘍を攻撃するだけでなく、患者自身の獲得免疫を誘導した可能性が示唆されます。
- 興味深い事例として、画像上で再発が疑われ切除生検を受けた患者017のエピソードがあります。生検組織を詳細に病理解析したところ、腫瘍の再発ではなく「正常な脳構造と治療後変化(治療反応)」のみが確認されました。これは治療が効果的に機能した結果生じた偽進行(Pseudoprogression)と考えられ、細胞療法の高い局所効果を裏付ける実例となっています。
- 全身性免疫回復への連動: 末梢血のフローサイトメトリー解析において、脳内へのDRI γδ T細胞の投与回数が増えるにつれて、TMZ化学療法に起因する全身性のリンパ球減少状態からの回復が、末梢血中の全T細胞、γδ T細胞、NK細胞において用量依存的に良好となる現象が観察されました。
- ゲノム解析: 次世代シーケンシング(NGS)による腫瘍遺伝子変異量(TMB)やマイクロサテライト不安定性(MSI)スコアの解析も行われましたが、これらのゲノムプロファイルは治療後の臨床経過や治療反応性を予測するバイオマーカーにはなりませんでした。
これらの発見は、脳腔内に局所投与されたDeltEx DRI γδ T細胞が、化学療法が存在する環境下でも局所で生存し続け、直接的な抗腫瘍効果を発揮していることを示唆しています。さらに、局所への細胞投与が全身の免疫系の回復や内因性免疫の活性化を促している可能性が示されました。
さいごに
本第I相臨床試験は、初発膠芽腫患者に対する化学療法耐性遺伝子改変γδ T細胞(DeltEx DRI)の脳内局所投与において、優れた安全性を実証しました。重篤な神経毒性やCRSを発症させることなく標準化学療法であるTMZとの同時併用が可能であり、反復投与を行うことで無増悪生存期間および全生存期間が延長する傾向も確認されました。
今回の試験は規制対応のため患者自身の細胞を用いる「自己(Autologous)」移植として実施されましたが、本アプローチの将来的な可能性は健全なドナー由来の細胞を用いる「他種(Allogeneic)移植(DeltEx Allo)」への展開と考えられます。
この他種移植モデルの可能性の根拠として、白血病患者を対象としたDeltEx Alloの臨床試験(InB-100試験)のデータがあげられます。同試験では、投与されたドナー由来γδ T細胞が患者体内で1年以上にわたって持続存在し、優れたホメオスタシスの拡大と高い安全性を維持することが示されています。健常ドナーからの細胞採取により、より高品質で攻撃力の高い細胞プロダクトを大量に調製することが可能となり、必要な時に即時投与できる製剤(off-the-shelf)として、より多くのサイクル投与を患者に提供できる未来が期待されます。