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慢性骨髄性白血病(CML)は「爆発的」に発生する「前がん状態」のない疾患である

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Kamizela, Aleksandra E et al. “Timing and trajectory of BCR::ABL1-driven chronic myeloid leukaemia.” Nature vol. 640,8060 (2025): 982-990. doi:10.1038/s41586-025-08817-2

がんの発症には数十年かかる──。これは、私たちが疑いもしなかった医学の常識です。しかし、もし、たった一つの遺伝子変異が引き金となり、わずか数年で体を乗っ取るがんが存在するとしたらどうでしょう?しかもその増殖速度は、数週間で倍になるほどだとしたら?2025年に『Nature』に、慢性骨髄性白血病(CML)の発生を分子レベルで追跡した研究が報告されました。

キーポイント

  • 単一の変異から短期間で発症: 多くの成人がんと異なり、慢性骨髄性白血病(CML)は、たった一つの遺伝子変異(BCR::ABL1)をきっかけに、わずか3~14年という短期間で「爆発的」に増殖して発症します。
  • 驚異的な増殖速度: がんの増殖速度は年間70,000%を超え、最速のケースでは細胞数が18~45日で倍増します。特に若い患者ほど速い傾向が見られ、この速度が治療への反応性にも影響を与える可能性が示唆されました。
  • 細胞に残された「時間の痕跡」: CML細胞は、その異常な分裂速度ゆえに、正常細胞より多くの突然変異を蓄積します。細胞の老化を示す「テロメア」も、患者自身の年齢とは無関係に著しく短くなっていました。
  • 「前がん状態」のない発症: BCR::ABL1変異は、がんの「前段階」を作ることなく、ほぼ直接的にCMLの発症につながります。これは、健康な集団におけるこの変異の保有率が、CMLの有病率とほぼ一致することから裏付けられています。

1. 「がん=長年の蓄積」の常識を覆す、CMLの発生メカニズム

これまでのがん研究では、発症までに複数の「(ドライバー)遺伝子」の変異が、数十年という長い年月をかけて蓄積していく「多段階発がんモデル」が主流でした。しかし本研究は、このモデルが全てのがんに当てはまるわけではないことを示しました。

CMLは「BCR::ABL1融合遺伝子」という、たった一つの強力な遺伝子変異によって引き起こされる「ワンヒット」モデルのがんだったのです。研究チームが患者のゲノムを解析し、時間を遡って再構築したところ、この変異が発生してから臨床的にCMLと診断されるまでの期間は、わずか3年から14年という驚くべき短さでした。

この発見の衝撃は、他の「ワンヒット」のがんと比較すると一層際立ちます。例えば、同じく単一の遺伝子変異で発症するJAK2変異骨髄増殖性腫瘍などは、数十年かけてゆっくりと進行します。しかしCMLは、この常識的な軌道を外れ、爆発的かつ急速に増殖するのです。その発生様式は、むしろ小児がんに見られるメカニズムに似ていますが、成人においてこれほど爆発的な速度を持つがんは極めて異例です。では、その増殖スピードは一体どれほどのものなのでしょうか。

2. 若いほど速い?驚異的な増殖スピードとその臨床的意味

CMLの増殖速度は、まさに「驚異的」という言葉がふさわしいものでした。研究によると、がん細胞の年間増殖率は70,000%を超えるケースもあり、最速の症例では変異細胞の数がわずか18日から45日で倍増するほどのスピードでした。

患者数は少ないながらも、興味深い傾向が見られました。若い患者ほど増殖が爆発的で、変異発生から診断までの期間が短い傾向にありました。この発見が持つ最も重要な意味は、増殖速度が治療効果の予測因子となる可能性を秘めていることです。実際に、本研究で最も増殖が速かった3症例は、標準的な初期治療(チロシンキナーゼ阻害薬:TKI)による副作用(血球減少症)や、がん遺伝子レベルの低下が遅いといった理由で、十分な効果を得るのに苦労していました。一方で、増殖が比較的遅かった高齢の患者は、治療に対して良好な反応を示しました。この知見は、将来的にがんの増殖スピードを診断時に測定し、それに応じて治療戦略を最適化する「個別化医療」の可能性を秘めています。

3. がん細胞は「時間」を駆け抜ける:加速する突然変異とテロメアの短縮

これほど爆発的な増殖は、がん細胞自身にどのような影響があるのでしょうか。

第一に、CML細胞は、同じ患者の正常な血液細胞と比較して、平均で約90個も多くの突然変異を蓄積していました。これはBCR::ABL1遺伝子自体が遺伝子の不安定性を引き起こしたわけではありませんでした。過去の報告に反し、新たな変異プロセスは見つからず、CML細胞は単に細胞分裂の際に自然に生じるコピーミスが猛烈な勢いで蓄積していただけだったのです。

第二に、細胞分裂のたびに短くなる染色体の末端部分「テロメア」が、CML細胞では著しく短くなっていました。その短縮は、正常な老化による短縮に加え、患者の年齢とは無関係に、平均で556.9塩基対も余分に失われていたのです。

これら2つの事実は、CML細胞がいかに激しい細胞分裂を経験してきたかを物語る「生物学的なタイムスタンプ」と言えます。

4. 「がんの前段階」は存在しない?BCR::ABL1変異が持つ特異な運命

多くのがんでは、本格的ながんになる前の「前がん病変」が存在します。血液においても、加齢に伴い特定の遺伝子変異を持つ細胞集団がゆっくりと増える「クローン性造血(CH)」という状態があります。では、BCR::ABL1変異も、長期間にわたって無症状の「前がん状態」を作るのでしょうか?

この疑問を検証するため、研究チームは米国の20万人以上の大規模ゲノムコホート「All of Us」のデータを調査しました。その結果、健康な人々の集団におけるBCR::ABL1変異の保有率(0.019%)が、CMLの有病率(0.02%)とほぼ完全に一致したのです。

もしBCR::ABL1変異が、がん化するまでに長年潜伏する「前がん状態」を作るのであれば、健康な集団における変異の保有率は、実際の患者数よりも遥かに高くなるはずです。しかし、データはそうではないことを示しています。つまり、この結果は「BCR::ABL1変異は、長期間にわたって体内に潜伏するのではなく、その出現がほぼ直接的にCMLの発症につながる」ということを意味しています。この事実は、BCR::ABL1変異がいかに強力で、CMLの特異な運命を決定づけているかを浮き彫りにしています。

結論

今回の研究は、慢性骨髄性白血病(CML)が、成人のがんの中では極めて異例な存在であることを明らかにしました。それは、「単一の強力な遺伝子変異」を唯一の引き金とし、数十年にわたる潜伏期間を経ることなく、「爆発的な増殖」によってわずか数年で発症に至るという、一般的ながんの常識とはかけ離れたものです。

増殖速度が若い患者ほど速く、それが治療効果にも影響しうるという発見は、個別化医療の新たな指標となる可能性を秘めています。また、「前がん状態」を経ずに直接発症に至るという事実は、このBCR::ABL1変異の特異性と危険性を改めて示しています。