再発・難治性の急性骨髄性白血病(rrAML)は、がん治療の中でも特に困難な課題の一つです。標準的な治療法が効かなくなった、あるいは一度は寛解したものの再発してしまった患者さんの予後は依然として厳しく、新たな治療戦略が切望されています。この深刻な課題に対し、2024年10月30日に科学誌Nature Communicationsで発表された論文が、薬剤耐性の根本的なメカニズムを解き明かし、それを克服するための具体的な新戦略を提示しています。
研究チームは、個々のがん細胞をDNA、RNA、タンパク質のレベルで同時に、かつ詳細に分析する「シングルセル・マルチオミクス解析」というアプローチを採用しました。これにより、これまでひとくくりにされてきた「薬剤耐性」という現象の複雑な内実を、より高い解像度で描き出すことに成功しました。
キーポイント
- 急性骨髄性白血病(AML)の重要な治療薬「ベネトクラクス」に対する耐性は、生まれつき(内在性)のものと治療によって獲得したもの(獲得性)で、根本的な分子メカニズムが共通していることが判明しました。
- 薬剤耐性を持つ白血病細胞では、脂肪酸の取り込みに関わる「CD36」というタンパク質の発現が著しく高いことが特定されました。
- CD36を標的とする抗体を用いた実験では、耐性を持つ白血病細胞を選択的に減少させる効果が確認され、新たな治療標的となる可能性が示されました。
- 耐性細胞は増殖が活発になる傾向があり、増殖を抑える「ボラセルチブ:Volasertib(PLK1阻害)」という別の薬剤が有効である可能性が見出されました。
1. 薬剤耐性の「二つの顔」は、実は同じだった
急性骨髄性白血病(AML)の治療において、薬剤耐性は常に大きな壁として立ちはだかります。耐性には、最初から薬が効きにくい「内在性耐性」と、治療を続けるうちに薬が効かなくなる「獲得性耐性」の二種類が存在し、それぞれ異なる原因を持つと考えられてきました。
AML治療の基幹薬であるベネトクラクス(VEN)は、「Bcl-2」という、がん細胞が自死(アポトーシス)するのを防ぐタンパク質を標的とする分子標的薬です。研究チームがVENに耐性を示す患者の白血病細胞を詳細に分析したところ、「内在性耐性」を持つ細胞と「獲得性耐性」を持つ細胞の両方で、標的であるBcl-2タンパク質や関連遺伝子の発現が一貫して低下しているという共通点が見出されました。
これは、二つの耐性が全く異なるメカニズムで生じるのではなく、根底では非常に似通った分子状態を共有していることを意味します。この発見は、治療戦略のゲームチェンジを意味します。「耐性の原因が複数あるならば、それぞれに対応する必要がある」という複雑なアプローチから、「共通の根本原因を標的にすれば、どちらのタイプの耐性にも対処できるかもしれない」という、よりシンプルで強力な戦略への転換を示唆するからです。
そして、この共通のメカニズムを調べていく中で、特に注目すべき一つの分子が浮かび上がってきました。
2. 薬剤耐性の“主犯格”:CD36タンパク質の特定
がん治療を患者一人ひとりに最適化する「個別化医療」の鍵は、治療効果を予測できる信頼性の高いバイオマーカーを発見することにあります。本研究は、ベネトクラクス耐性におけるまさにその鍵となる分子として、「CD36」というタンパク質を特定しました。
CD36は、細胞の表面に存在するタンパク質で、主に脂肪酸を細胞内に取り込む役割を担っています。研究チームの解析によると、CD36の発現レベルは、ベネトクラクスへの耐性と極めて強い相関を示しました。これは、タンパク質レベルの解析(CyTOF)と遺伝子(RNA)レベルの解析の両方で確認されたため、非常に強力なエビデンスとなります。この発見は、過去の研究で示唆されてきた耐性メカニズムを裏付けるものです。つまり、耐性細胞はエネルギー源をアミノ酸から脂肪酸へと切り替え、そのためにCD36を利用して脂肪酸の取り込みを増やすことで、ベネトクラクスによる代謝への影響を回避していると考えられます。
さらにシングルセル解析によって、ベネトクラクスの標的である「Bcl-2を発現する細胞」と、耐性のマーカーである「CD36を発現する細胞」は、ほとんど同じ細胞集団には存在しない(相互排他的である)ことがわかったのです。この発見が持つ意味は重要です。これは単なる相関ではなく、白血病細胞が「Bcl-2依存的で薬に感受性のある状態」と、「CD36高発現で代謝が書き換えられた薬物耐性の状態」という、二つの明確に異なる状態のどちらかにあることを示唆しているからです。つまり、CD36は、耐性細胞を特定するための極めて優れた目印となるのです。
3. 耐性細胞への新兵器:CD36を直接攻撃する
科学的な発見を実際の治療法へとつなげるには、その発見に基づいた仮説を立て、実験によって検証するプロセスが不可欠です。研究チームは、「CD36の機能を阻害すれば、ベネトクラクス耐性を持つAML細胞を直接攻撃できるのではないか」という仮説を立て、それを検証するための実験に着手しました。
実験では、患者から採取した白血病細胞に、CD36の機能をブロックする特殊な抗体を投与するex vivo(体外)試験が行われました。その結果、CD36の発現レベルが高い細胞サンプルでは、抗体を投与することでAML細胞の数が有意に減少したのです。逆に、CD36の発現が低いサンプルでは、この効果はほとんど見られず、標的の特異性が証明されました。さらに興味深いことに、抗体を投与したサンプルでは細胞同士が凝集する現象が観察されました。これは、抗体が白血病細胞に結合することで、T細胞などの免疫細胞の活性化を促している可能性を示唆しています。
この結果が持つ意味は非常に大きく、第一に、CD36が単なるマーカーではなく、治療介入が可能な「弱点」であることを証明しました。第二に、この治療法が効くかどうかを、治療開始前にCD36の発現レベルを調べることで予測できる可能性を示しました。これはまさに個別化医療の理想形であり、効果が期待できる患者を選び出して治療を行う「コンパニオン診断」への道を開くものです。
4. もう一つの攻略法:細胞増殖の「暴走」を叩く
がん細胞の弱点は一つとは限りません。複数の攻撃ルートを持つことは、治療の成功率を高め、さらなる耐性の出現を防ぐ上で極めて重要です。本研究は、CD36を標的とする代謝アプローチに加え、耐性細胞の「増殖」という側面に注目した、もう一つの有望な戦略を明らかにしました。
解析を進める中で、ベネトクラクスに耐性を持つ細胞は、エネルギー産生に関わる酸化ホスホリン酸化(OXPHOS)や細胞分裂に関連する遺伝子群の活動が非常に活発になっていることが判明しました。簡単に言えば、耐性細胞は「増殖の勢いが非常に強い」状態にあるということです。
研究チームはこの特徴から細胞増殖において中心的な役割を果たす「PLK1」という酵素に着目し、その働きを阻害する薬剤「ボラセルチブ」が有効ではないかと考えたのです。この仮説を検証するために行われたex vivo薬剤感受性試験の結果、ベネトクラクスに耐性を示した8つのサンプルのうち、実に6つ(75%)においてボラセルチブが高い効果を示したのです。
この結果は、ベネトクラクスによる治療が効かなくなった、あるいは最初から効きにくい患者にとって、ボラセルチブが新たな治療選択肢となりうることを示唆しています。CD36を標的とする治療と、このボラセルチブによる増殖抑制治療は、異なる角度から耐性細胞を攻撃する補完的な戦略となる可能性があります。
結論
本研究は、シングルセル・マルチオミクスという最先端技術が、難治性がんの複雑な薬剤耐性メカニズムをいかに鮮やかに解き明かすことができるかを見事に証明しました。従来のバルク解析では見過ごされがちだった細胞ごとの違いを捉えることで、生まれつきの耐性と治療によって獲得された耐性が共通の分子基盤を持つことを突き止め、その中心にいる「CD36」という分子を特定しました。さらに、この洞察から、代謝を標的とする「CD36抗体療法」と、活発な増殖を逆手に取る「ボラセルチブ」という、二つの異なる、しかも具体的で実行可能な新しい治療戦略を同時に提示できたことは、このアプローチの強力さを示すものです。
この研究成果は、私たちに一つの重要な問いを投げかけています。未来のがん治療は、がんの活動を支えるエネルギー代謝を断つ「兵糧攻め」と、免疫システムに敵の姿を教える「標的指示」を組み合わせた、二段構えの戦略へとシフトしていくのかもしれない。今後の研究の進展が、その答えを明らかにしてくれるはずです。