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高齢者の急性骨髄性白血病(AML)治療が変わる:米国血液学会(ASH)2025年新ガイドライン

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Sekeres, Mikkael A et al. “American Society of Hematology 2025 guidelines for treating newly diagnosed acute myeloid leukemia in older adults.” Blood advances, bloodadvances.2025017934. 25 Nov. 2025, doi:10.1182/bloodadvances.2025017934

急性骨髄性白血病(AML)は、診断時の中央値が68歳であることからも分かるように、主に高齢者の疾患です。かつては治療選択肢が限られていましたが、近年、分子標的薬や新しい併用療法の登場により、その治療法は劇的な進化を遂げています。この変化の最前線に立つのが、米国血液学会(ASH)が発表した2025年の最新ガイドラインです。

キーポイント

  • 新たな標準治療の確立:ベネトクラクスと低メチル化剤(HMA)または低用量シタラビン(LDAC)との併用療法が、多くの高齢患者における新たな標準治療として推奨されました。
  • 治療強度の再定義:「強力(intensive)」と「非強力(non-intensive)」という従来の二元論的な分類が廃止され、治療法の具体的な内容を反映した、より実態に即した用語に変更されました。
  • 個別化医療の深化IDHFLT3といった遺伝子変異の有無に応じて、使用すべき標的治療薬が細かく規定され、治療選択がより複雑かつ個別化されました。
  • 寛解後治療の重要性:寛解達成は治療のゴールではなく、その後の地固め療法や治療の継続が、長期的な生存に不可欠であると強く推奨されています。

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1. 「非強力化学療法」という言葉はもう古い?治療強度の考え方が根本から変わった

今回のガイドライン改訂における最も根本的かつ戦略的に重要な変更の一つが、治療強度の分類法の見直しです。従来、高齢者AMLの治療は「強力(intensive)」と「非強力(non-intensive)」に大別されてきました。しかし、ベネトクラクス(venetoclax)をベースとした併用療法の登場により、この分類は実態とそぐわなくなりました。これらの新しい治療法は従来の強力化学療法ほどの入院期間を要しない一方で、骨髄抑制などの副作用は決して「非強力」とは言えないからです。この用語の変更は、単なる言葉の問題ではなく、主観的な「強さ」のラベルから、客観的な薬理学的戦略の記述へと移行したことを意味します。

この実情を反映し、2025年ガイドラインは「強力」「非強力」という用語の使用を中止しました。その代わりに、従来の「従来の導入・地固め療法(conventional induction and post-remission therapy)」や「HMAまたはLDACとベネトクラクスの併用療法」といった、治療内容を具体的に示す表現を採用しています。

この変更は、治療法の進化とそれに伴う副作用プロファイルに対する臨床医の認識の変化を明確に示したものです。患者と医師が治療方針について話し合う際にも、「強力か、非強力か」という漠然とした二者択一ではなく、「どのような治療法で、どのような効果と副作用が期待できるか」をより具体的に議論できるようになります。この用語の変更は、治療の現実をより正確に捉え、患者中心の医療を推進するための重要な一歩と言えるでしょう。

2. ベネトクラクス併用療法が新たな標準治療へ

ベネトクラクス併用療法は、高齢者AML治療におけるまさに「ゲームチェンジャー」です。このBCL-2阻害薬は、従来の治療法では効果が乏しかった多くの患者に新たな希望をもたらしました。2025年ガイドラインは、その臨床的価値を明確に認め、標準治療としての地位を確立させました。

具体的には、「抗白血病療法には適しているが、従来の導入・地固め療法には適さない」と判断された患者に対し、以下の2点が「条件付きで推奨」されています。

  • 低メチル化剤(HMA)単剤療法よりも、HMAとベネトクラクスの併用療法を提案する。
  • 低用量シタラビン(LDAC)単剤療法よりも、LDACとベネトクラクスの併用療法を提案する。

これらの推奨の根拠は、ベネトクラクスを併用することで、全生存期間の延長や完全寛解率の向上といった明確な臨床上の利益が示されたことにあります。ガイドラインは、HMAとの併用療法の利点について、長期的な死亡率の低下(エビデンスレベル:高)および最長追跡期間における完全寛解率の増加の可能性(エビデンスレベル:中)をあげています。

この「エビデンスレベル:高」という評価は、この治療法が死亡率を低下させるという結果が将来の研究によって覆る可能性が非常に低いことを意味し、臨床上の意思決定における強力な裏付けとなります。この推奨は、臨床現場において、適格な患者に対してベネトクラクス併用療法を第一選択とすることを強く後押しするものです。しかし、全ての患者に同じ治療が最適というわけではありません。

3. 遺伝子変異で治療を個別化:IDH・FLT3阻害薬の複雑な使い分け

高齢者AML治療は、遺伝子情報に基づいた個別化医療の時代に突入しています。特定の遺伝子変異を持つがん細胞だけを狙い撃ちする「標的療法」は、その中心的な役割を担います。2025年ガイドラインでは、IDH1IDH2FLT3といった遺伝子変異を持つ患者に対する治療方針が、より具体的かつ複雑に示されました。

注目すべきは、同じ「標的療法」というカテゴリーにありながら、変異の種類によって推奨内容が大きく異なる点です。

  1. IDH1変異陽性の場合: アザシチジン単剤よりも、IDH1阻害薬であるイボシデニブを併用することが提案されています。これは、併用によって完全寛解率の向上や生存期間の延長が期待できるためです。
  2. IDH2変異陽性の場合: 驚くべきことに、IDH2阻害薬であるエナシデニブを併用するよりも、アザシチジン単剤療法が提案されています。ガイドラインパネルは、現行のデータではエナシデニブの併用がアザシチジン単独療法を上回る生存期間の延長という明確な利益を示せなかったと判断しました。
  3. FLT3変異陽性の場合: FLT3変異を持つ患者に対し、抗白血病療法にFLT3阻害薬を併用することが提案されています。しかし、この推奨には極めて重要な注意点が付記されています。ガイドラインは、この推奨が主に「従来の導入・地固め療法」を受ける患者に適用されると明記しています。一方で、新たな標準治療である「HMAまたはLDACとベネトクラクスの併用療法」にFLT3阻害薬を追加した場合の純粋な利益については、「エビデンスレベルが低い」としています。

これらの推奨の違いは、遺伝子変異の種類によって最適な治療アプローチが全く異なるだけでなく、併用するベース治療によっても標的薬の価値が変わりうることを明確に示しています。臨床医は、個々の患者の遺伝子プロファイルと選択するベース治療を考慮し、これらの複雑な選択肢を慎重に評価する必要があります。

4. 寛解はゴールではない:治療継続の重要性

かつて、寛解を達成することは治療の大きなゴールと見なされていました。しかし、特に高齢者AMLにおいては、寛解は長期生存への「第一歩」に過ぎません。2025年ガイドラインは、寛解後の治療継続が長期予後を決定づける極めて重要な要素であるという姿勢を鮮明にしています。

この点に関して、ガイドラインは治療の種類に応じて2つの重要な推奨を示していますが、その推奨の強さには明確な差があります。

  • 「従来の導入療法」後に寛解に至った患者: 同種造血幹細胞移植の適応とならない患者に対しては、追加治療なしの場合と比較して、地固め療法を行うことを強く推奨(strong recommendation)しています。この強い推奨は、長年の「地固め療法なしでは長期生存は極めて稀である」という臨床経験に裏打ちされています。
  • HMAまたはLDACベースの治療で効果が見られた患者: 一定期間で治療を終了するのではなく、病勢進行または許容できない毒性が見られるまで治療を無期限に継続することを提案(suggests)しています。こちらは「提案」に留まっており、その理由は、このアプローチの有効性に関する「エビデンスの確実性が非常に低い」ためです。

この推奨強度の違いは、臨床医がエビデンスの質をどう解釈すべきかを示唆しています。前者は確立された標準治療であり、後者は有望であるものの、まだ長期的なデータが乏しいアプローチと言えます。いずれにせよ、これらの推奨は、AMLを一度の治療で完結させるのではなく、長期にわたり管理していくという現代的な治療パラダイムを反映しています。

5. 治療方針は「患者と共に」決める時代へ

2025年ガイドラインの多くの推奨が、「強い推奨」ではなく「条件付きの提案」となっていることには理由があります。それは、最良の治療法が患者一人ひとりの価値観、病状、そしてライフスタイルによって異なるという認識に基づいています。ガイドラインは、科学的エビデンスを提示する一方で、最終的な決定は医師と患者の対話を通じて行われるべき共有意思決定(shared decision-making)の重要性を一貫して強調しています。

例えば、「従来の導入療法」と「HMA/LDAC+ベネトクラクス併用療法」のどちらを選択するかという問いに対して、ガイドラインは以下のような判断材料を挙げています。

  • 比較的若い高齢者で、予後良好な遺伝子変異を持ち、長期入院を厭わない場合は「従来の導入療法」が望ましいかもしれない。
  • 70歳以上であったり、予後不良な遺伝子変異を持っていたり、入院を避けたいと希望する患者には「HMA/LDAC+ベネトクラクス併用療法」が望ましいかもしれない。

このように、生存期間の延長という客観的な指標を重視しつつも、患者が何を大切にするかは人それぞれであることを、ガイドラインは明確に認識しているのです。

治療の選択肢が複雑化したからこそ、データに基づいた専門家の知識と、患者自身の人生観をすり合わせるプロセスが、これまで以上に重要になっています。

結論

米国血液学会(ASH)の2025年新ガイドラインは、高齢者AML治療が新たな時代に突入したことを明確に示しました。「強力/非強力」という古い概念は姿を消し、ベネトクラクス併用療法が新たな標準治療として位置づけられました。さらに、遺伝子変異に基づいた治療の個別化はより精緻になり、寛解後の治療継続の重要性が強調されています。

これらの進歩により、治療はより効果的で個別化されたものになりつつある一方で、その選択はかつてなく複雑になっています。もはや唯一の「正解」はなく、最適な治療は、患者一人ひとりの価値観と向き合う対話の中から生まれてくるのです。