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多発性骨髄腫治療の最前線で何が起きているのか?―GPRC5Dの免疫療法への「抗原逃避」

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Lee, Holly et al. “Multimodal antigenic escape to GPRC5D-targeted T cell engagers in multiple myeloma.” Nature medicine, 10.1038/s41591-025-04175-8. 15 Jan. 2026, doi:10.1038/s41591-025-04175-8

多発性骨髄腫(MM)の治療体系は、変革の最中にあります。特に、患者自身のT細胞を強力に誘導してがん細胞を叩く「二重特異性抗体(TCE)」や「CAR-T療法」といった次世代免疫療法は、従来の治療に抵抗性を示す難治例に対しても優れた治療効果を上げています。しかし、このような強力な治療圧にさらされたがん細胞は、薬剤の標的となる抗原から逃れることで生き残りを図るのです。本論文は、がん細胞がいかにして治療を回避するのか、GPRC5Dにおける「抗原逃避(Antigenic escape)」のメカニズムを調べました。

キーポイント

  • 極めて高い抗原逃避の発生率: GPRC5Dを標的としたTCE治療(タルケタマブ等)で再発した患者の68.4%(一次治療抵抗例を除く)において、標的抗原の回避現象が確認されました。
  • 多層的な3つの回避メカニズム: がん細胞は、遺伝子の「完全欠失」、タンパク質の輸送異常を招く「点変異(SNVs/indels)」、そしてスイッチをオフにする「エピジェネティックな抑制」という多層的な回避メカニズムを有していました。
  • Convergent evolutionによる耐性獲得: 一人の患者内で複数の異なる変異を持つクローンが同時に出現する現象が確認されており、強力な治療選択圧ががん細胞の進化を加速させている実態が明らかになりました。

なぜ「GPRC5D」が注目され、どのように解析したか

多発性骨髄腫において、BCMAに続く有望な標的としてあげられたのが「GPRC5D」です。抗GPRC5D TCEであるタルケタマブは臨床で優れた成果を上げていますが、その一方で、治療後に再発した際のがん細胞側の動態は、これまで十分な解明が進んでいませんでした。

本研究では、タルケタマブ治療後に再発した21名の患者コホート(n=21)を対象に、全ゲノム解析(WGS)やsingle cell RNA解析などの多層的解析を実施しました。研究の目的は、がん細胞がいかにしてGPRC5Dという標的を回避し、耐性を獲得するのか、その遺伝子レベルの原因を特定することです。

本研究では、再発が確認されてからわずか1~2週間以内という極めて迅速なタイミングで検体が採取されました。これにより、再燃の直接的な原因となった変異を高い精度で捉えることができます。

3つの回避シナリオ:がん細胞はいかにして抗原逃避するのか

研究により、がん細胞がGPRC5Dを隠すために実行する「3つの回避シナリオ」が特定されました。

パターン1:GPRC5D遺伝子の完全欠失(Biallelic deletions)

最も単純かつ強力な回避策は、標的遺伝子そのものを完全に消失することです。GPRC5D領域を含む染色体の両アレルを欠失することで、がん細胞の表面から抗原が完全に消滅し、T細胞は攻撃対象を完全に失います。

パターン2:点変異・挿入欠損(SNVs/indels)と片側欠失の組み合わせ

一見、抗原が残っているように見えても、たんぱく質の変化で攻撃を逃れるパターンです。ここでは単なる抗原の消失ではなく、以下のメカニズムが働いています。

  • エピトープ喪失: タンパク質の構造が変化し、薬剤が結合できなくなる。
  • ERトラッピング(小胞体への幽閉): 変異が「GPCRファミリー保存モチーフ」というタンパク質輸送に必須な領域で起きることで、抗原が細胞表面へ移動できず、細胞内の小胞体(ER)に閉じ込められてしまいます。

パターン3:エピジェネティックなサイレンシング

遺伝子の配列自体は正常であっても、その発現を制御するスイッチがOFFにされる現象です。今回の解析では、GPRC5Dのプロモーターおよびエンハンサー領域において、クロマチンアクセシビリティ(DNAのアクセスしやすさ)の消失が確認されました。本研究では、抗GPRC5D TCE療法後の再発例の68.4%において、抗原ドリフト(Antigenic drift)が観察されています。

Convergent evolution:一人の患者の中で出現する複数の耐性クローン

本研究では、一人の患者の体内で複数の耐性クローンが同時に出現するConvergent evolutionも明らかになりました。例えば、症例MM-61では、再発時に実に9つもの異なるGPRC5D変異を持つサブクローンが並行して出現していました。あるクローンは欠失、別のクローンは特定の点変異を選択し、それぞれが独立して「抗原逃避」をおこしていました。

この背景には、強力な免疫療法ががん細胞に対して「治療上の選択圧」として作用していることが原因としてあげられます。さらに、症例MM-03の分析では、以前の抗BCMA療法によって選択された変異(p.Arg27Pro)を持つ「共通の祖先クローン」から、新たにGPRC5D耐性を持つ枝分かれクローンが派生している様子が可視化されました。

また、MM-03で見られた「APOBECシグネチャー」は、がん細胞が急速に進化し、新たな環境(治療)に適応する土壌となっている可能性を示唆しています。一つの有力なクローンが叩かれた直後に、多様な変異クローンがその空白を埋めるという、生存競争が体内で行われているのです。

耐性を克服するためのアプローチ

本研究では、異なるエピトープ特異性、親和性、および価数(結合部位の数)を持つ別のTCEを用いることで、特定の変異クローンを依然として標的にできる可能性が示されました。ある薬剤を拒絶する変異が生じても、別の結合部位を持つ薬剤であれば、その抗原逃避を突破できる可能性があるのです。

  • 重複しないアプローチ: 作用機序や結合部位が重複しない薬剤の組み合わせ、あるいは順序立てて投与することで、がん細胞の逃げ道を塞ぐ。
  • 精密な再発解析: 耐性の「型」を速やかに特定することが、無駄な治療を避け、最適な次の一手を選ぶための鍵となる。

さいごに

多発性骨髄腫という病が、遺伝子、輸送系、エピジェネティクスの各階層で「抗原を隠す」という適応能力を見せていることは、がんが極めて柔軟で動的な存在であることを再認識させます。単一の標的に固執せず、複数の逃げ道を同時に遮断する多角的なアプローチこそが、今後の治療において重要となってくると考えられます。