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多発性骨髄腫の起源と時間をゲノム研究で解き明かす

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Maura, Francesco et al. “Temporal genomic dynamics shape clinical trajectory in multiple myeloma.” Nature genetics vol. 57,9 (2025): 2203-2214. doi:10.1038/s41588-025-02292-1

本論文では、382人の患者から得られた421のゲノムサンプルを基に多発性骨髄腫の起源と進展を調べています。

キーポイント

  • 長期の潜伏期間: 多発性骨髄腫の引き金となる最初の遺伝子変異は、診断が下されるより数十年前に発生しています。
  • タイミングの重要性: 特定の遺伝子異常(1q増幅)は、コピー数よりも「いつ獲得されたか」が患者の予後を大きく左右します。
  • 治療の影響: 標準的な化学療法が、がんの再発につながる新たな悪性度の高い遺伝子変異を誘発する可能性があります。

1. がんの「起源」は診断の数十年前に遡る

研究チームは、がん細胞のゲノムに刻まれた特定の変異パターンを「分子時計」として利用しました。私たちの細胞では、加齢に伴って特定の種類の遺伝子変異(SBS1とSBS5)が一定のペースで蓄積していきます。この性質を利用し、変異の数を数えることで、染色体異常のような大きなイベントがいつ起きたのかを逆算できるのです。

この手法でゲノムを解析した結果、多発性骨髄腫の発症につながる最初の大きな染色体異常の獲得から、実際に診断されるまでの時間差は、中央値で32年(範囲:1年~57年)であることが、155人の新規診断患者のデータから算出されました。

2. 予後を左右するのは変異の「コピー数」より「タイミング」

多発性骨髄腫では、1番染色体の長腕(1q)が余分に増える「1q増幅・amplification」という異常が、予後不良の重要なマーカーとして知られています。これまでは、増幅したコピー数が多いほど悪性度が高いと考えられてきました。

しかし、本研究は「いつ1q増幅が起きたか」という時間軸の方が、コピー数よりもはるかに重要であることを明らかにしました。早期に1q増幅を獲得した患者は、後期に獲得した患者よりも明らかに予後が悪く、その悪性度はコピー数がさらに多い「1q amplification」の患者と同等でした。実際に、早期に1q増幅を獲得した患者の無増悪生存期間および全生存期間は、統計的にも有意に短いことが示されました。

この悪性度の違いを生む背景として、研究チームは、早期に1q増幅を獲得した症例では、染色体が粉々になり再編成されるクロモスリプシスという現象の頻度が高いことを指摘しています。これは、がんの悪性度が、単なる遺伝子異常の量だけでなく、その進展の過程によって大きく左右されることを示唆しています。

3. 遺伝子変異の発生順序

多発性骨髄腫では、染色体の本数が異常に多くなる「Hyperdiploidy」と、免疫グロブリン重鎖(IGH)遺伝子座が関わる「IGH転座」が、主な初期イベントと考えられてきました。しかし、両方の異常を持つ患者において、どちらが先に起こるのかは明らかではありませんでした。

本研究は、分子時計を用いて両方の異常を持つ患者のゲノムを解析した結果、一貫して「IGH転座」が「過二倍体」よりも先に発生していたことが明らかにしました。これは、染色体転座、例えばt(11;14)転座と11番染色体の増幅の分子時間を比較し、転座が常に先行していたことを突き止めるなどの詳細な解析によって裏付けられています。

4. 治療が新たな変異を生む可能性

この研究は、治療が新たな変異を生む可能性も追求しました。研究チームは、抗がん剤メルファランに特有の変異シグネチャー「SBS99」に注目しました。メルファランは多発性骨髄腫の標準治療で用いられる薬剤であり、ゲノムに特徴的な変異(SBS99)を残します。これを「時間的なバーコード」として利用したのです。

解析の結果、メルファランによる治療歴のある再発患者26人中3人において、予後不良に関わる1q増幅が治療の「後」に獲得されたことが明らかになりました。これは、再発時に見られる悪性度の高い変異が、元々存在したわずかな耐性細胞が生き残って増殖した(選択された)結果だけでなく、治療行為そのものによって新たに生み出された可能性を示しています。