CAR-T細胞療法は、患者自身の免疫細胞を遺伝子操作して癌を攻撃する「生きた薬」として、癌治療に革命をもたらしました。この画期的なアプローチは、癌だけでなく、HIV感染症や自己免疫疾患など、多くの難病治療に新たな希望をもたらしています。一方で、患者のDNAを恒久的に改変するという治療法の性質上、予期せぬ遺伝子の変異を引き起こし、新たな癌(二次性悪性腫瘍)を誘発するのではないかという懸念がありました。
この懸念は、2023年11月に米国食品医薬品局(FDA)がCAR-T療法を受けた患者におけるT細胞性悪性腫瘍のリスクについて報告したことで注目されました。この度、Nature Medicineに掲載された研究は、38の臨床試験に参加した783人の患者を、合計2,205人年にわたって追跡調査するという、前例のない大きな規模で長期的な安全性を検証しました。
キーポイント
- 二次性癌のリスクは非常に低い: 783人の患者のうち、新たな癌を発症したのは18人(2.3%)のみであり、発生率は極めて低いことが示されました。
- 遺伝子導入が癌の原因ではなかった: 最も懸念されていた「挿入変異誘発(遺伝子導入ベクターが癌を引き起こすこと)」の証拠は、発症したどの症例からも見つかりませんでした。
- 長期的な副作用の多くは管理可能: 最も一般的に見られた長期的な有害事象は、治療の効果(B細胞の枯渇)に関連する感染症であり、その多くは予測・管理可能なものでした。
- 真の原因はCAR-T療法以前の治療である可能性が高い: 新たな癌が発生した背景には、CAR-T療法そのものよりも、患者が過去に受けた化学療法や放射線治療といった、それ自体が発癌リスクを持つ治療の歴史が大きく関わっていることが示唆されました。
二次性癌の全体的リスクは、予想以上に低い
CAR-T療法後の二次性悪性腫瘍(Second Primary Malignancies, SPMs)の実際のリスクを定量化することは、この治療法の安全性を議論する上で非常に重要です。調査の結果、追跡期間中(合計2,205人年)にSPMを発症したのは、783人の患者のうちわずか18人(2.3%) でした。これを発生率に換算すると、1患者・1年あたり0.0082件という非常に低い数値になります。また、他の要因(原疾患による死亡など)を考慮した統計解析では、治療後5年以内にSPMを発症する確率は2.8% と推定されました。
観察されたSPMの内訳は、急性骨髄性白血病(AML)や骨髄異形成症候群(MDS)といった骨髄系の腫瘍が最も多く、次いでリンパ系の腫瘍、そして肺癌や前立腺癌などの固形癌も少数含まれていました。
懸念された「遺伝子挿入」は癌の原因ではなかった
遺伝子治療における最大の理論的リスクは「挿入変異誘発(insertional mutagenesis)」として知られています。これは、CAR遺伝子をT細胞に導入するために使われるウイルスベクターが、細胞のDNA内で偶然にも細胞増殖をコントロールする重要な遺伝子の機能を破壊してしまうことで、新たな癌のドライバーとなってしまうというものです。
しかし、今回の研究における最も重要なポイントは、18例のSPMのいずれにおいても、この挿入変異誘発が原因であるという証拠が一切見つからなかったことです。研究者たちは、発生した腫瘍組織を分析し、ウイルスベクターの遺伝子が腫瘍細胞内に異常に多く存在するかどうかを調べましたが、そのような痕跡は確認されませんでした。報告された唯一のT細胞性の悪性腫瘍の症例においても、癌化したT細胞からはCAR遺伝子はみつかりませんでした。
過去には、CAR-T細胞の遺伝子が特定の遺伝子(TET2など)に挿入され、細胞の著しい増殖を引き起こした事例も報告されていました。そのため、今回の783人の大規模調査で悪性腫瘍の原因とならなかったという事実は、より一層の安心材料となります。つまり、CAR-T療法は、これまで恐れられていたよりもはるかに安全であることを強く示唆しています。
長期的な副作用の大半は、予測・管理が可能
SPMという稀なリスクから一旦視点を移し、より一般的な長期の有害事象に目を向けると、CAR-T療法の安全性プロファイルがさらに明確になります。本研究で長期的に最も多く報告された有害事象は感染症であり、次いで低ガンマグロブリン血症でした。これらの事象は挿入変異誘発のような未知のリスクではなく、治療が意図した通りに機能していることによって生じるものです。多くのCAR-T療法は癌化したB細胞を標的とするため、正常なB細胞も同時に枯渇させ、結果として免疫力が低下し、感染症にかかりやすくなるからです。
また、重篤な(グレード3以上)有害事象の発生率は5.36% と低く、長期的な副作用の大部分は、医師が予測し、管理できる範囲内のものであることが示されました。
真の原因は、過去の治療歴か
CAR-T療法を受ける患者の多くは進行癌を患っており、この治療に至るまでに、複数回にわたる化学療法、放射線治療、場合によっては幹細胞移植といった強度の強い治療を経験しています。そして、これらの先行治療自体が、二次的な癌を引き起こすリスクを持つことが以前から知られています。
本研究は、この過去の治療歴がSPMの真の原因である可能性を強く示唆しています。データを見ると、SPMの発生率が最も高かったのは慢性リンパ性白血病(CLL)の患者群でしたが、これはCLL患者がもともと二次性腫瘍を発症するリスクが高いという既知の事実と一致します。また、SPMを発症した患者の多くが、発癌リスクを高めることが知られている幹細胞移植の治療歴を有していました。
これらの事実を総合すると、観察された18例のSPMは、CAR-T療法という単一の要因によって引き起こされたのではなく、患者の複雑な病歴や、過去に受けた発癌性のある治療法の積み重ねの結果である可能性が非常に高いと言えます。
結論 – 安心感と未来への展望
これまでに行われた中で最大かつ最長の追跡調査の一つである本研究は、レンチウイルスおよびガンマレトロウイルスベクターを用いた遺伝子改変T細胞療法が、安心できる安全性プロファイルを持つという結論を導き出しました。二次性悪性腫瘍のリスクは低く、最も懸念された挿入変異誘発の証拠は見つかりませんでした。
一方で、ウイルスベクターが特定の腫瘍抑制遺伝子(EP300やKMT2Dなど)の近くに挿入された場合、癌化は起こさないものの、T細胞の増殖がわずかに促進される傾向が分かりました。これは、将来さらに持続性が高く効果的なCAR-T細胞を設計するための、極めて重要なポイントと言えるかもしれません。