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多発性骨髄腫のCAR-T細胞の持続性を劇的に高めるCDKN1Bの無効化の発見

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Knudsen, Nelson H et al. “In vivo CRISPR screens identify modifiers of CAR T cell function in myeloma.” Nature vol. 646,8086 (2025): 953-962. doi:10.1038/s41586-025-09489-8

CAR-T細胞療法は、患者自身の免疫細胞(T細胞)を遺伝子改変し、がんを特異的に攻撃する能力を持たせた「生きた薬」です。この革新的な治療法は、特に多発性骨髄腫のような血液がんにおいて、従来の治療法では効果が見られなかった患者に劇的な効果をもたらし、がん治療の風景を一変させました。

しかし、この強力な治療法には大きな課題が残されています。多くの患者において、投与されたCAR-T細胞は時間とともに体内で減少もしくは疲弊し、その結果として病気が再発してしまう「持続性の問題」です。治療効果を長期間維持するためには、このCAR-T細胞が疲弊してしまうのをいかにして防ぐかが、研究者たちにとって最大の関心事でした。

この度、Natureに掲載された最新の研究が、この持続性の課題に対する画期的な解決策を提示しました。研究チームは、最先端の遺伝子スクリーニング技術を駆使し、CAR-T細胞の長期的な生存を制御する「遺伝子スイッチ」を発見したのです。

キーポイント

  • 遺伝子改変の効果は環境によって劇的に変化します。実験室(in vitro)での効果の高い結果が、生体内(in vivo)では期待外れに終わる一方、真に重要な遺伝子が生体内での長期的な生存環境の中でその価値を現します。
  • CDKN1Bという細胞周期を制御する遺伝子をCRISPR技術で無効化すると、CAR-T細胞の増殖力とがん細胞への攻撃機能が向上し、長期的な生存と治療効果が劇的に改善されることが発見されました。
  • この発見は、多発性骨髄腫に対する、より持続的で効果の高い次世代CAR-T療法の開発に道を開く可能性があります。

1. 研究室と身体の違い:なぜ「in vivoスクリーニング」が重要なのか

CAR-T細胞療法の改良を目指す上で、その効果をどこで評価するかは決定的に重要です。従来の研究の多くは、管理された実験室環境(in vitro)で行われてきました。しかし、シャーレの中の単純な環境と、腫瘍や多様な細胞が複雑に相互作用する生体内とでは、CAR-T細胞が直面する現実は全く異なります。この研究は、「多くのタンパク質が、時間経過やin vitroin vivoの環境に応じて、CAR-T細胞の増殖制御において様々な役割を果たす」という重要な事実を浮き彫りにしました。

これを象徴するのが、3つの異なる遺伝子の振る舞いです。まず、RASA2は「in vitroのスター」でした。この遺伝子を無効化すると、実験室ではT細胞の増殖が著しく促進され、非常に有望な候補に見えました。しかし、この細胞を多発性骨髄腫のマウスモデルに投与すると、その優位性は完全に消失し、体内での存在感は薄れてしまったのです。

次に現れたのが、「in vivoの短期的な勝者」であるPTPN2です。PTPN2を無効化したCAR-T細胞は、in vitroでは目立った効果を示さなかったものの、マウス体内では投与後7日目の早期段階で最も顕著な増殖を見せました。これはRASA2よりも一歩進んだ結果ですが、それでも長期的な持続性という最大の課題を解決するには至りませんでした。

これらの結果は、治療法開発における重大な教訓を示しています。実験室での有望な結果や、体内での短期的な成功だけでは、真に持続する治療法は見つけられないということです。CAR-T細胞という「生きた薬」を試すための、より現実的なるつぼ、すなわち生体内で長期間にわたってその性能を検証することの決定的な重要性が示されたのです。

2. 「持続性の鍵」となる遺伝子:CDKN1Bの役割を解明

研究チームが長期的なin vivoスクリーニングを通じてついに突き止めた、CAR-T細胞の持続性を司る真の鍵となる遺伝子こそ、細胞周期にブレーキをかける役割で知られるCDKN1Bでした。CDKN1Bを無効化したCAR-T細胞は、in vitroでの増殖効果は穏やかだったにもかかわらず、マウス体内での投与後21日目の後期段階において、他のどの遺伝子改変よりも圧倒的な生存率と増殖を示したのです。CDKN1Bこそが、CAR-T細胞の長期的な適応能力(fitness)を最も強く制限していた因子であることが判明しました。

CDKN1Bを欠失させたCAR-T細胞は、マウスモデルにおいて腫瘍を排除する能力が劇的に向上し、その結果、全生存期間も有意に延長させました。これは、CAR-T細胞の持続期間を延ばすための、遺伝的ターゲットを提示した点でとても重要です。

さらに研究チームは、その作用機序についても有力な仮説を立てています。CDKN1Bを無効化することでCAR-T細胞は迅速に増殖できるため、慢性的な抗原刺激にさらされる時間が短縮されます。これにより、T細胞の機能不全や、がん治療における大きな壁である「疲弊」状態に陥るのを防いでいる可能性があるのです。

3. 有効性と安全性の検証:不死化ではなく強化されたCAR-T細胞

研究チームは、CDKN1Bの無効化がもたらす効果とリスクについて、多角的な検証を行いました。

まず、臨床への応用可能性を探るため、多発性骨髄腫患者から採取したT細胞でCDKN1Bを無効化したCAR-T細胞を作製しました。腫瘍に対する強い効果だけでなく、CDKN1Bを無効化した細胞は、末梢血において一貫して増殖を示すことも確認されました。これは、実際の患者由来の細胞においても、持続性を高める効果が期待できることを示唆しています。

さらに、この効果が特定の治療薬に限定されないことを示すため、現在臨床で承認されている2種類のBCMA標的CAR(ide-cel-likeとcilta-cel-like)と、2種類の異なる多発性骨髄腫モデル(MM.1SRPMI-8226)で検証が行われました。いずれの組み合わせでもCDKN1Bの無効化は有効であり、この発見が単一の製品設計に留まらない、より普遍的な改良戦略となりうることを示しています。

そして最も重要な懸念事項が安全性です。細胞周期のブレーキを無効にすると、細胞ががん化するリスクはないのでしょうか。この点について、研究は極めて重要な結果を示しました。CDKN1Bを欠失させたCAR-T細胞は、サイトカイン(IL-2)や抗原による刺激がない状態では無秩序に増殖することはなく、生存と増殖のためにこれらの外部シグナルに依存し続けていたのです。これは、CDKN1Bの無効化がCAR-T細胞を「強化」するものの、「不死化」させるわけではなく、その増殖が依然として制御下にあることを示す決定的な証拠です。

結論:がん免疫療法の新たなステージへ

本研究は、in vivo CRISPRスクリーニングという革新的なアプローチを用いて、生体内という臨床現場に近い過酷な環境で長期的に評価することで初めて、CAR-T細胞の持続性を高める真の鍵、CDKN1Bを特定することに成功しました。

この発見は、多発性骨髄腫治療において、より効果的で、より長く体内で戦い続けることができる次世代のCAR-Tの開発に向けた、大きな一歩を意味します。CDKN1Bという明確な標的を得たことで、CAR-T細胞療法の最大の課題であった「持続性」を克服し、より多くの患者に長期的な寛解をもたらす可能性があります。