多発性骨髄腫の治療は、ここ数年で革命的な変貌を遂げています。その進歩のスピードは驚異的であり、2021年に最初のガイドラインが発表されて以来、わずか数年の間に14もの新しい治療レジメンが米国食品医薬品局(FDA)や欧州医薬品庁(EMA)によって承認されました。今回は専門誌『Nature Reviews Clinical Oncology』に2025年に掲載された、欧州血液学会(EHA)と欧州骨髄腫ネットワーク(EMN)によるエビデンスベース・ガイドラインが示す、多発性骨髄腫治療の5つの重要な進歩を説明します。
キーポイント
- 「くすぶり型骨髄腫」への介入:もはや「経過観察」だけでなく、高リスク患者には積極的に早期治療を行う時代へ。
- 新規患者への標準治療:従来の「3剤併用」から、より強力な「4剤併用療法」が新たな標準治療として確立。
- CAR-T細胞療法:かつての「最後の切り札」から、より早期の治療段階で使われる強力な選択肢へと進化。
- 分子レベルでの監視「MRD」:治療のゴールを再定義し、新薬開発を加速させる新たな評価基準に。
- 次なる課題:豊富な新薬を「どの順番で使うか」という、最適な治療シークエンスの確立が新たな焦点に。
1. 「くすぶり型骨髄腫」への介入:もはや「待つ」だけではない
これまで、症状のない「くすぶり型多発性骨髄腫(SMM)」の患者に対する標準的なアプローチは、積極的な治療を行わず、症状が進行するまで定期的に経過を観察する「Watch and Wait(経過観察)」でした。これは、SMMが本格的な骨髄腫へと進行するリスクが患者によって異なり、不要な治療による副作用を避けるための合理的な戦略と考えられてきました。
しかし、最新のガイドラインでは、高リスクSMM患者に対する早期治療介入という新しい方向性が示されました。その根拠となったのが、第III相臨床試験であるAQUILA試験の画期的な結果です。この試験では、高リスクSMM患者を、抗CD38抗体薬であるダラツムマブDaratumumabを投与する群と経過観察を行う群に分け、比較しました。その結果、5年時点での無増悪生存期間(PFS)はダラツムマブ群と経過観察群がそれぞれ63.1%と40.8%、全生存期間(OS)が93.0%と86.9%と、生命予後を改善する効果も確認されました。
ただし、この試験で用いられた「高リスク」の定義は、従来の標準的な分類モデルとは異なる点に留意が必要です。それでもなお、この変化は単に新しい治療法が一つ追加されたという以上の戦略的な意味を持ちます。早期介入に関する長年の懸念の一つに、「後の治療効果を損なうのではないか」というものがありましたが、本試験ではその懸念も払拭されました。ダラツムマブによる早期介入を受けた患者は、その後の次治療における無増悪生存期間も優れており、早期治療が将来の治療選択肢に悪影響を与えないことが示唆されたのです。これは、本格的ながんへと進行する前の段階から積極的に介入し、疾患の自然な経過を変えようとする、疾患管理の根本的な考え方の転換点です。
2. 新規患者への標準治療:「3剤併用」から「4剤併用」の時代へ
自家造血幹細胞移植(ASCT)の適応となる新規診断多発性骨髄腫(NDMM)患者に対する治療は、長らくプロテアソーム阻害薬、免疫調節薬、ステロイドを組み合わせた「3剤併用療法」が中心でした。この治療法は大きな成功を収めてきましたが、科学の進歩はさらなる高みを目指しています。
現在、新たな標準治療として急速に台頭しているのが、3剤併用に抗CD38抗体薬を加えた「4剤併用療法」です。特に、DaraVRd(ダラツムマブ、ボルテゾミブ、レナリドミド、デキサメタゾン)レジメンの有効性は、第III相臨床試験であるPERSEUS試験によって決定的なものとなりました。この試験では、DaraVRd療法群と、従来の標準治療であるVRd療法(3剤併用)群を比較し、治療開始から4年後のPFSは、DaraVRd群で84.3%に達した一方、VRd群では67.7%でした。
この「4剤併用」へのシフトが特定の薬剤に限った話ではなく、抗CD38抗体薬クラス全体としての効果であることは、GMMG-HD7試験の結果からも裏付けられています。この試験では、もう一つの抗CD38抗体薬であるイサツキシマブをVRd療法に加えることで、微小残存病変(MRD)の陰性化率が向上し、PFSの延長と関連することが示されました。これらの結果は、患者にとって極めて重要な意味を持ちます。より強力な初回治療によって、これまで以上に深く、そして長期にわたる寛解が期待できるようになったのです。
3. CAR-T療法が、より早期の治療選択肢に
CAR-T細胞療法は、がん治療における最も革新的な進歩の一つです。これは、患者自身の免疫細胞(T細胞)を取り出し、がん細胞を特異的に攻撃するように遺伝子改変を施した上で、再び体内に戻す治療法です。いわば、オーダーメイドで製造される「生きた医薬品」であり、体内で増殖しながらがん細胞を殲滅します。
かつてCAR-T療法は、多くの治療法を試しても効果が得られなくなった患者に対する「最後の切り札」と見なされていました。しかし、その圧倒的な有効性から、より早期の治療段階で用いることの価値が証明されつつあります。その象徴的なエビデンスが、第III相臨床試験であるCARTITUDE-4試験です。この試験は、レナリドミドに抵抗性を示し、1~3回の前治療歴がある再発・難治性の患者を対象に行われました。BCMAを標的とするCAR-T療法薬であるシルタセル(cilta-cel)はPFSの中央値が未到達であったのに対し、標準治療群では11.8ヶ月と、CAR-T療法が劇的な優越性を示しました。
ただし、この試験結果を解釈する上で重要な点があります。それは、対照群となった標準治療に、試験設計当時レナリドミド抵抗性患者に最良の成績を示していたDaraKdやIsaKdといったレジメンが含まれていなかったという点です。しかし、この点を考慮したとしても、極めて有効性の高い個別化医療を、より早い段階で患者に提供できるようになったことにより、難治性の患者であっても長期的な寛解を得られる可能性が大きく高まりました。
4. 「MRD」が治療ゴールを変える
治療が成功したように見えても、体内には画像診断や従来の血液検査では検出できないほどごく微量のがん細胞が残存していることがあります。この「微小残存病変(Minimal Residual Disease, MRD)」を分子レベルで検出する技術が、骨髄腫治療のゴールを根底から変えようとしています。国際骨髄腫ワーキンググループ(IMWG)の標準的な定義では、骨髄中の正常細胞10万個あたりに1個(感度<10⁻⁵)という高感度での残存がん細胞の検出が一つの指標となっていますが、最新のデータは、100万個あたり1個(感度10⁻⁶)というさらに低いレベルでの検出が、より正確な予後予測につながる可能性を示唆しています。
このMRDが陰性になることが、患者の予後と極めて強く関連することも明らかになっています。ガイドラインでは、NDMM患者において、12ヶ月以上持続するMRD陰性は、無増悪生存期間および全生存期間と強く相関することも記載されています。
この技術の戦略的重要性は、規制当局にも認められています。米国FDAは、MRD陰性を臨床試験における有効性評価項目(エンドポイント)として使用することを推奨しました。これにより、有望な新薬がより迅速に承認され、患者のもとに届くことが期待されます。将来的には、MRDの測定結果に基づいて、個々の患者の治療を中止したり、あるいはより強力な治療に変更したりといった、個別化医療の精度をさらに高めるための重要な指標となる可能性を秘めています。
5. 次なる課題:「超強力な新薬」をどう使い分けるか
CAR-T療法、バイスペシフィック抗体、抗体薬物複合体(ADC)など、多発性骨髄腫の治療薬はかつてないほど豊富になり、臨床現場からは「嬉しい悲鳴」が聞こえてくるほどです。しかし、この豊富な選択肢は、同時に新たな臨床的課題を生み出しています。それは、「どの薬剤を、どの順番で使うか(シークエンシング)」という問題です。
特に、多くのがん免疫療法が標的とするBCMAという分子に対する治療法の使い方については、慎重な検討が求められています。本ガイドラインでは、現在得られているデータを基に、重要な視点を提供しています。それは、「CAR-T細胞療法は、BCMAを標的とする他のADCやバイスペシフィック抗体よりも先に使った方が良い可能性がある」というものです。その科学的根拠は、先に他のBCMA標的薬(ADCやバイスペシフィック抗体)を使用し、その治療後に病勢が進行した患者にCAR-T療法を行っても、その効果が損なわれてしまうことを示唆するデータが存在するためです。
この課題は、今後の骨髄腫治療の鍵が、単に新しい薬を開発することだけでなく、個々の患者の病状や治療歴に合わせて、これらの強力な武器を最適な順序で組み合わせる戦略を確立することにある、という未来に向けた視点を示しています。
結論:未来への展望
多発性骨髄腫の治療は、驚異的な速度で進歩し続けています。かつては難治がんとされたこの疾患も、今や「くすぶり型」の段階からの早期介入、より強力な初回4剤併用療法、そしてCAR-T療法のような革新的な免疫療法の登場により、治療の目標は単なる延命から、より多くの患者にとっての「機能的治癒」(functional cure)へと大きくシフトしつつあります。
MRDという精密な目を手に入れたことで、私たちは治療効果をより深く理解し、個別化医療をさらに推し進めることが可能になりました。もちろん、最適な治療シークエンスの確立という新たな課題も残されています。しかし、もはや問題は骨髄腫を制御できるかどうかではなく、個々の患者にとっていかに最善の制御を達成するか、という新たなステージに移行したと言えるでしょう。