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なぜ難治性がん「骨髄外多発性骨髄腫(EMM)」は免疫療法に抵抗するのか?免疫細胞の実態にせまる

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Anilkumar Sithara, Anjana et al. “Composition and functional state of T and NK cells in the extramedullary myeloma tumor microenvironment.” Blood cancer discovery, 10.1158/2643-3230.BCD-25-0170. 14 Nov. 2025, doi:10.1158/2643-3230.BCD-25-0170

多発性骨髄腫(Multiple Myeloma: MM)は、骨髄でがん化した形質細胞が増殖する血液がんの一種です。しかし、このがんの中には、特に悪性度が高く治療が難しいタイプが存在します。それが「骨髄外多発性骨髄腫(Extramedullary Multiple Myeloma: EMM)」です。EMMは、がん細胞が骨髄を飛び出し、軟部組織に新たな腫瘍という「塊」を築く、極めてハイリスクな病態です。

このEMMは、最先端の免疫療法を含む強力な治療法に対しても抵抗性を示す要塞と化します。なぜEMMがこれほどまでに難攻不落なのか、その根本的な理由はこれまでほとんど解明されていませんでした。本研究ではシングルセル解析技術を駆使し、EMM腫瘍内の免疫環境に存在する決定的な違いを明らかにしました。

キーポイント

  • EMM腫瘍は、がん細胞に対する免疫攻撃部隊(エフェクター細胞)の比率が骨髄内と比べて580倍以上も低く、免疫細胞がほとんど存在しない状態と化していました。
  • 腫瘍内に侵入できたとしても、がん細胞を直接殺傷する精鋭部隊であるCD8⁺ T細胞の多くが、腫瘍細胞との絶え間ない戦闘で疲弊しきった状態に陥っていました。
  • 腫瘍内では、強力な細胞傷害性を持つNK細胞(CD16⁺)が、攻撃能力の低い「制御性」のNK細胞(CD16⁻)に置き換えられており、免疫応答全体が弱体化していました。

1. 免疫の最前線が手薄に:EMM腫瘍は「免疫細胞の砂漠」だった

免疫療法が効果を発揮するためには、腫瘍という戦場に、T細胞やNK細胞といった「エフェクター細胞」からなる十分な数の兵士を送り込むことが戦略的に不可欠です。これらのがんを攻撃する免疫細胞と、がん細胞の戦力比(Effector-to-Tumor ratio: E:T比)は、治療の成否を左右する決定的な指標となります。

今回の研究における最初の発見は、EMM腫瘍がこの戦力比において絶望的な状況にあることでした。シングルセルRNAシーケンシングとフローサイトメトリーという二つの精密な分析手法により、EMM腫瘍はその構成細胞の中央値で91.9%から95.9%という圧倒的多数が悪性形質細胞(がん細胞)で占められていることが明らかになりました。

この結果、E:T比の中央値は、同じ患者の骨髄内(17.5)と比べてEMM腫瘍内ではわずか0.03であり、実に580倍以上もの差がありました。これは、EMM腫瘍ががんを攻撃する兵士がほとんど存在しない「免疫の砂漠」であり、援軍の到着すらままならない極めて過酷な戦場であることを意味します。免疫細胞の力を借りてがんを攻撃する治療法にとって、これは致命的な弱点です。

この「免疫の砂漠」は、免疫細胞が圧倒的に不利な数的劣勢を生み出します。その結果、腫瘍に侵入できたわずかな免疫細胞は即座に圧倒され、機能的に無力化されてしまうのです。

2. EMMにおけるCD8⁺ T細胞の「疲弊」

CD8⁺ T細胞は、がん細胞を直接認識して破壊する「キラー細胞」として知られ、免疫システムにおける最強の精鋭部隊です。この細胞が活性化しているか、それとも疲弊しきっているかという機能的な状態は、がんの増殖を制御する上で決定的に重要です。

研究チームがEMM腫瘍内のCD8⁺ T細胞の状態を詳細に評価したところ、約半数のEMM腫瘍で、T細胞の「疲弊スコアが著しく上昇している」ことが確認されました。この疲弊の証拠として、PD-1のような免疫チェックポイント分子の発現増加が挙げられます。この「疲弊」には、T細胞の枯渇スコアの高さと、その細胞傷害能力(殺傷能力)との間に「非常に強い負の相関」があることが示されました。つまり、兵士が疲弊すればするほど、敵を倒す力は失われていたのです。

では、なぜ精鋭であるはずのT細胞はこれほどまでに疲弊してしまうのでしょうか。研究チームは、その原因が腫瘍細胞との直接的かつ慢性的な戦いにあると突き止めました。特に、最も疲弊したT細胞は「ネオアンチゲン反応性T細胞」の遺伝子サインを強く示していました。これは、T細胞ががん細胞を「敵」として正しく認識し、攻撃を試みているにもかかわらず、腫瘍細胞が過剰に発現するHLA分子(T細胞が敵を認識するための目印)による絶え間ない刺激によって、逆に燃え尽きてしまっているという、攻防戦の実態を示しています。

最強の攻撃部隊であるCD8⁺ T細胞が疲弊によって無力化されると、免疫システムの第二防衛線であるNK細胞の役割がさらに重要になります。しかし、研究は、この部隊もまた、根本的に弱体化させられていることを明らかにしました。

3. 主役交代:強力な細胞傷害性NK細胞から、働きの弱い制御性NK細胞へ

ナチュラルキラー(NK)細胞は、抗腫瘍免疫におけるもう一つの重要な防衛部隊です。NK細胞には異なる機能を持つサブタイプが存在し、特に強力な細胞傷害能力を持つ「CD16⁺」サブセットと、直接的な殺傷能力は低いものの免疫応答を調整する役割を持つ「制御性」の「CD16⁻」サブセットに大別されます。後者は、この腫瘍環境においては、全体の攻撃力を弱める方向に作用します。

本研究における最も意外な発見の一つは、このNK細胞部隊の構成が劇的に変化していることでした。EMM腫瘍内では、細胞傷害性の低いCD16⁻ NK細胞がNK細胞全体の80.0%(中央値)を占めていましたが、同じ患者の骨髄内では、その割合はわずか0.8%でした。これは、がんとの戦いの最前線で、屈強な兵士(CD16⁺ NK細胞)が、戦闘に不向きな兵士(CD16⁻ NK細胞)にすり替えられてしまっていることを意味します。

この細胞集団の変化が持つ臨床的な重要性について、本論文では以下のように述べられています。「骨髄におけるCD16⁻ NK細胞の割合が高いことは、多発性骨髄腫患者の生存率低下と関連しており、特にダラツムマブ治療を受ける患者においては、CD16⁺ NK細胞の割合の低下が微小残存病変MRDの陰性化達成率の低下と関連していたことから、予後予測因子となる可能性がある。」つまり、この細胞の変化は、患者の生存期間が短くなることと関連し、特にダラツムマブを使った場合に、がんを完全に除去できる可能性が低くなることを示唆しています。

さらに、EMM腫瘍で優位を占めるこれらのCD16⁻ NK細胞は、KLRC1(NKG2A)という抑制性受容体の発現も上昇させていました。これは、これらの細胞の抗腫瘍活性にかかる、さらなる「ブレーキ」として機能します。

この3つの点、免疫細胞の圧倒的不足、精鋭T細胞の疲弊、そしてNK細胞部隊の弱体化は、EMMという難攻不落の要塞の姿を浮き彫りにしたのです。

結論: EMM治療の未来への展望

本研究は、EMM腫瘍が(1)極端に低いE:T比、(2)T細胞の機能的疲弊、(3)細胞傷害能力の低い制御性NK細胞へのシフトという三重の防御壁を築き、免疫療法に対する強固な抵抗性を獲得していることを明らかにしました。この要塞の防御戦略を解明したことは、同時にその脆弱性を突くための新たな治療戦略を示唆しています。

研究チームは、疲弊した免疫細胞に発現するPD-1やKLRC1(NKG2A)といった「ブレーキ」を解除する免疫チェックポイント阻害剤が有望であると指摘します。これら二つのブレーキを同時に阻害する併用療法は、「EMM腫瘍内のCD8⁺ T細胞とNK細胞の両方を再活性化するための強力な戦略」となりうる可能性があります。

しかし、EMMはそもそも免疫細胞が極端に少ない「免疫の砂漠」です。疲弊した兵士を再活性化させるだけでは、数的劣勢を覆すことはできません。真の課題は、その先にあるのかもしれません。