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多発性骨髄腫の維持療法、中止すべきか? 治療が招く「二次がん」のリスクを最新研究が解き明かす

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Cooperrider, Jennifer H et al. “Evolution of clonal hematopoiesis on and off lenalidomide maintenance for multiple myeloma.” Leukemia vol. 39,9 (2025): 2285-2288. doi:10.1038/s41375-025-02707-2

多発性骨髄腫の治療は近年目覚ましい進歩を遂げ、多くの患者さんが長期にわたって病気と共存できる時代になりました。しかし、この輝かしい成果の裏側で、治療そのものが新たな血液がん(二次性造血器腫瘍)を引き起こすという、深刻なパラドックスが浮かび上がっています。長く治療を続けるほど、このリスクに直面する可能性が高まるのです。本研究は、多発性骨髄腫の再発を防ぐための標準的な維持療法薬「レナリドミド」と二次がんリスクの関係性において、治療が「がんの芽」を育ててしまうメカニズムを解明しただけでなく、「治療の中止」という積極的な介入によってそのリスクを制御できる可能性を示し、患者一人ひとりに合わせた個別化医療の新たな扉を開こうとしています。

キーポイント

  • がんの芽を育てる標準治療:多発性骨髄腫の標準的な維持療法であるレナリドミド Lenalidomideは、白血病の前駆状態である「TP53変異を持つクローン性造血(CH)」を増殖させる選択圧として働くことが示されました。
  • 治療中止という希望:深い寛解状態(MRD陰性)を達成した患者においてレナリドミドの投与を中止すると、この高リスクなクローンの増殖が安定化、あるいは退縮する可能性があることが初めて示唆されました。
  • 未来の羅針盤は「動態」にあり:二次がんSPMのリスクを正確に予測するには、ある一時点でのCHの有無だけでなく、治療中のクローンの「動態(変化)」を継続的に監視することが重要であり、これが将来の個別化治療中止戦略の鍵となります。

1. 標準的な維持療法が「がんの芽」を育てる?

多発性骨髄腫の再発を防ぐために長期間にわたって続けられる維持療法。この「守り」の治療が、意図せずして別の種類のがん、すなわち二次がんの「芽」を育てるリスクをはらんでいる――このことは、治療戦略の常識に一石を投じるものです。

血液細胞の中には、加齢などによって遺伝子に変異を持つ細胞集団(クローン)が出現することがあります。これを「クローン性造血(CH)」と呼び、多くは無害ですが、一部は将来の白血病の前段階、いわば「がんの芽」となり得ます。特に、細胞のがん化を防ぐ重要な“ブレーキ役”であるTP53遺伝子に変異を持つクローンは、極めて悪性度の高い二次がんにつながる危険な存在として知られています。

この謎を解明するため、研究者たちは3つの異なる患者グループを分析しました。レナリドミド単剤で維持療法を受けるグループ(R維持療法)、カルフィルゾミブ、レナリドミド、デキサメタゾンの併用療法を受けるグループ(KRd維持療法)、そして深い寛解を得た後に全ての維持療法を中止したグループ(MRD2STOP試験)です。より多くの治療歴を持つMRD2STOP試験の患者グループでは、治療開始時点でのCHの頻度が高い傾向にありました。

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研究チームがレナリドミドによる維持療法を受けている患者さんの血液を時系列で追跡した結果、R維持療法とKRd維持療法の両グループで、この危険なTP53変異クローンの量が著しく増加することが明らかになりました。特にこの傾向は、レナリドミド単剤で治療を受けているグループでより顕著でした。これは、レナリドミドがTP53変異を持つクローンに選択的な“追い風”を与え、その増殖を促していることを示唆しています。

この発見の臨床的な深刻さは、その後の経過が物語っています。実際に、治療中にTP53変異クローンが増殖した患者の中から、治療関連の急性骨髄性白血病(t-AML)、骨髄異形成症候群(t-MDS)、さらには治療関連の急性リンパ性白血病(t-ALL)といった、極めて予後が悪い二次がんを発症するケースが確認されたのです。

この結果は、再発を防ぐための治療を続けることが、同時に二次がんのリスクを高めるというジレ​​ンマを明確に示しました。

2. 治療の中止がリスクを抑制する可能性

前セクションで明らかになった「治療ががんの芽を育てる」という問題に対し、本研究はただ警鐘を鳴らすだけでなく、解決策となりうる希望の光をも提示しました。それが、適切なタイミングでの「治療の中止」という積極的な介入です。近年の初回治療の進歩により、そもそも長期的なレナリドミド維持療法が本当に必要なのか、その最適な期間はどれくらいかという議論が専門家の間で活発になっています。二次がんのリスクを考慮すれば、リスクに基づいた治療中止戦略はこれまで以上に重要な意味を持ちます。

この検証の舞台となったのが「MRD2STOP試験」です。この試験では、治療によって骨髄腫細胞が検出限界以下になるという非常に深い寛解状態(MRD陰性)を達成した患者さんを対象に、レナリドミド維持療法を中止するという戦略が取られました。

レナリドミドの投与を中止した患者グループでは、TP53変異クローンの動態に劇的な変化が見られたのです。治療中止後、53%の患者でクローンはそれ以上増えることなく「安定」し、さらに29%の患者ではクローンの量が減少する「退縮」が確認されました。これは、リスク増大の“アクセル”となっていたレナリドミドを取り除くことで、がんの芽の成長にブレーキをかけられる可能性を示した、非常に重要なデータです。

しかし、この戦略が万能ではないことも忘れてはなりません。研究では、レナリドミドを中止した後もTP53変異クローンの増殖が止まらず、最終的に二次がんを発症してしまった患者さんが1名いたことも報告されています。この事実は、リスク管理の複雑さと、治療中止後も継続的な監視がいかに重要であるかを示唆しています。

この発見は、治療の中止が二次がんリスクを抑制する有望な選択肢であることを示しました。しかし同時に、どの患者が安全に治療を中止でき、どの患者が注意深い監視を必要とするのかを見極めるための、より洗練された方法論の必要性を浮き彫りにしました。その答えの鍵を握るのが、「動的なリスク評価」です。

3. 未来の個別化医療:「一点」ではなく「動態」でリスクを予測する

これまでの発見は、未来の医療が目指すべき新たな方向性を示唆しています。それは、ある一時点の静的なスナップショットでリスクを判断するのではなく、時間の経過に伴う動的な変化を捉えることで、患者一人ひとりのリスクをより正確に予測し、治療を最適化するという新しい方向性です。

それは、「ある一時点でのCHの存在(断片的な分析)よりも、治療期間を通じたクローンの増殖や縮小といった『動態』を追跡することの方が、二次がんのリスクをより正確に予測する指標となる」というものです。TP53変異のような高リスクなCHを持つ人のほとんどは、生涯にわたって二次がんを発症しません。そのため、治療開始前に「CHがあるか、ないか」を判断するだけでは、不正確なリスク評価につながりかねないのです。本研究が明らかにした真の危険信号は、治療という選択圧のもとで実際に「増殖している」クローンの存在です。この動態こそが、未来を予測する重要な鍵なのです。

この新しいアプローチは、臨床現場に大きな変革をもたらす可能性があります。将来的には、多発性骨髄腫の寛解状態を精密に測定するMRD検査と、二次がんリスクの指標となるCHの動態モニタリングを組み合わせることが標準となるかもしれません。この二つの指標を手にすることで、医師は「この患者さんは骨髄腫の再発リスクも低く、二次がんの芽も鎮静化しているので、安全にレナリドミドを中止できる」「こちらの患者さんは、骨髄腫だけでなく二次がんの芽が増殖傾向にあるため、維持療法を継続、あるいは別の対策を講じるべきだ」といった、高度に個別化された治療中止戦略を立てられるようになるかもしれません。

静的な一点の評価から、生命の連続的な変化を捉える動的なモニタリングは、がんサバイバーのQOL(生活の質)を向上させ、二次がんという深刻な合併症を未然に防ぐための鍵となるかもしれません。

結論:まとめと未来への問いかけ

本研究の重要なメッセージは、二つあります。一つは、標準的な維持療法薬であるレナリドミドが、白血病の芽である高リスクなCHの増殖を促してしまうという現実。そしてもう一つは、深い寛解を得た患者において治療を中止することで、そのリスクを安定化、あるいは後退させられる可能性があるという希望です。

この成果は、多発性骨髄腫治療における維持療法のあり方を根本から見直す大きなきっかけとなるかもしれません。そして、患者さんのリスクを「動的」に評価し続けることの重要性を問いかけています。