多発性骨髄腫(MM)の治療は、新規薬剤の登場により劇的に進歩しました。しかし、その恩恵はすべての患者さんに平等にもたらされているわけではありません。最も予後が悪いとされる「ハイリスク」の患者群は、依然として早期の再発や短い生存期間という厳しい現実に直面しています。この重要な課題に取り組むため、国際骨髄腫学会(IMS)と国際骨髄腫ワーキンググループ(IMWG)は、専門家パネルを招集し、現代の治療法と最新のゲノム解析技術に基づいた、ハイリスク多発性骨髄腫(HRMM)の新しい定義を発表しました。
「コンセンサス・ゲノム・ステージング(CGS)」と名付けられたこの新基準の4つの重要な変更点を解説します。
キーポイント
- ゲノム情報が中心の新基準へ:多発性骨髄腫のハイリスク定義が、ゲノム情報に重点を置いた新しい基準「コンセンサス・ゲノム・ステージング(CGS)」に更新されました。
- 遺伝子異常は「組み合わせ」で評価:従来ハイリスクとされた一部の染色体転座は、単独ではハイリスクと見なされず、特定の染色体異常(1番染色体異常)を併発して初めてハイリスクと定義されるように変更されました。
- 遺伝子欠失の「量」を明確化:予後不良因子として知られる
del(17p)について、その異常を持つ腫瘍細胞の割合(クローン分画)に「20%以上」という明確なカットオフ値が設定されました。 - 身近な血液検査項目に新たな役割:日常臨床で用いられるβ2ミクログロブリンが、「腎機能が正常である」という厳密な条件下で、ゲノム異常と同等の予後不良をもたらすハイリスク因子として採用されました。
——————————————————————————–
1. del(17p)とTP53変異の新たな「ゴールドスタンダード」
TP53を含むdel(17p)(17番染色体短腕の欠失)は、長年にわたり多発性骨髄腫における最も強力な予後不良因子の一つとして知られてきました。しかし、その評価方法は施設によって異なり、一貫したリスク評価が困難でした。今回の新定義は、この最も重要なハイリスク因子に明確な基準を設けることで、評価を「精密化」し、真に予後が悪い患者群を特定するための新たなゴールドスタンダードを提示しています。
- 基準の明確化:クローン分画20%
この新定義では、del(17p)を持つ腫瘍細胞の割合(Cancer Clonal Fraction, CCF)について、「20%以上」という明確なカットオフ値が推奨されました。様々な研究で最も予後を識別する能力が高いのはCCFが40%〜60%以上の場合とされていますが、20%以上でも予後への影響は依然として大きいことから、今回のコンセンサスではこの値が採用されました。この統一基準により、施設間の評価のばらつきが減少し、より客観的で一貫したリスク評価が可能になります。 - TP53変異の追加
del(17p)が問題となるのは、がん抑制遺伝子であるTP53がその領域に存在するためです。新定義では、ハイリスクの条件は「del(17p)(CCF 20%以上)またはTP53遺伝子の機能不全変異」のいずれかが存在すること、とされました。これは、del(17p)による片方のアレルの喪失と、残ったもう一方のアレルに生じる変異という「両アレル性不活化」が極めて予後不良であるという生物学的根拠を反映したものです。 - 評価手法の推奨
これらの異常を正確に検出するためには、従来のFISH法だけでは不十分であり、次世代シーケンシング(NGS)のような塩基配列を解析する手法が推奨されています。特にTP53変異の検出にはNGSが不可欠です。
この新しい基準は、TP53の機能喪失をより正確に捉え、最も治療が難しい患者群を特定するための重要なものとなります。
2. 重要なのは「どの転座か」ではなく、「何とセットになっているか」
今回のコンセンサスがもたらした最も大きなパラダイムシフトの一つは、特定の染色体転座が単独では必ずしもハイリスクとは言えない、という考え方です。これまで、t(4;14)、t(14;16)、t(14;20)といった転座は、それ自体がハイリスクの証とされてきましたが、最新のデータはその常識を覆しました。
染色体転座のリスク評価の変更点
- 条件付きのハイリスクという新概念
新しい定義では、従来ハイリスクとされてきたt(4;14)、t(14;16)、t(14;20)は、「1q+(1番染色体長腕のコピー数増加)または del(1p32)(1番染色体短腕の一部欠失)を併発している場合」にのみハイリスクと見なされることになりました。 - データが示す「単独ではハイリスクではない」という事実
この変更は確固たるデータに基づいています。IFMコホートの生存データは、これらの転座を単独で持つ患者の生存曲線が、ハイリスク因子を持たない標準リスクの患者群とほぼ同一であることを示しています。予後が著しく悪化するのは、これらの転座に加えて1q+やdel(1p32)を併発している場合に限られていたのです。 - 臨床的意義
この変更は、これまでt(4;14)陽性というだけで画一的にハイリスクと判断され、強力な治療の対象となっていた可能性のある患者層を、より適切に層別化することを可能にします。これにより、過剰治療を避け、真のリスクに見合った治療戦略を立てる上で極めて重要な示唆を与えます。
このように、遺伝子異常のリスク評価は、個々の因子の有無だけでなく、それらがどのような「組み合わせ」で存在するかが決定的に重要であるという考え方が、新たなスタンダードとなりつつあります。
3. 1番染色体異常の深層:「1つの欠失」と「2つの欠失」は全く違う
多発性骨髄腫で最も頻繁に見られる染色体異常の一つが、1番染色体の異常です。しかし、「1番染色体異常」と一括りにすることはできません。新定義は、その異常の「種類」と「程度」によってリスクが大きく異なることを捉え直しました。
1番染色体異常に関する新基準
- Biallelic(両アレル性)欠失の絶大なインパクト
del(1p32)が両方の染色体コピーで起こる「Biallelic(両アレル性)欠失」は、それ単独で極めて予後が悪く、独立したハイリスク因子として定義されました。その予後の差は劇的で、ある解析ではMonoallelic欠失患者の無増悪生存期間(PFS)中央値が19ヶ月であったのに対し、Biallelic欠失患者ではわずか9ヶ月、全生存期間(OS)中央値は60ヶ月に対し24ヶ月でした。これはFAF1やCDKN2Cといった重要ながん抑制遺伝子が完全に失われることの生物学的な重大さを反映しています。 - Monoallelic(片アレル性)欠失の条件
一方、del(1p32)が片方の染色体コピーのみで起こる「Monoallelic(片アレル性)欠失」の場合は、それだけではハイリスクとはならず、1q+を併発している場合に限りハイリスクと定義されました。これは、予後を決定的に悪化させるためには、複数の遺伝的イベント(いわゆる”double hit”)が必要であることを示唆しています。 - 1q+単独の位置づけ
1q+は新規診断患者の最大40%に見られる非常に高頻度な異常です。そのため、1q+単独ではハイリスクとは定義されません。その代わり、t(4;14)やMonoallelic del(1p32)といった他のリスク因子と併発した際に、予後をさらに悪化させる「増悪因子」として位置づけられています。
この基準は、同じ1番染色体の異常であっても、その組み合わせや量によって予後に与える影響が全く異なることを科学的に明らかにしたものであり、ゲノム診断の精密化を象徴しています。
4. 身近な血液検査項目が担う、驚くべき新たな役割
ここまでは複雑なゲノム異常に関する解説でしたが、新定義の最後の項目は、日常臨床で広く用いられている血液検査マーカーに関するものです。特定の条件下において、このマーカーがゲノム異常と同等の強力なハイリスク因子として採用されたことは、非常に実用的な変更点です。
血清β2ミクログロブリン(b2M)の新基準
- 基準の定義
血清β2Mが高値(5.5 mg/dL以上)であることが、ハイリスクの基準の一つとして含まれました。β2Mは腫瘍量を反映するマーカーとして古くから知られていましたが、今回ゲノム異常と並ぶ形で再評価されたことになります。 - 重要な除外条件:腎機能
この基準の最も重要なポイントは、「腎機能が正常(クレアチニン値 < 1.2 mg/dL)であること」という条件が付されている点です。β2Mは腎機能が低下しているだけでも上昇するため、この条件は腎機能障害による影響を除外し、「純粋に腫瘍の多さや生物学的な悪性度に起因するβ2M高値」を抽出するために設けられました。 - 臨床的意義
この基準は、高度なゲノム解析が困難な環境でも利用可能なマーカーを提供する一方で、その解釈には細心の注意が必要であることを示しています。注目すべきは、主要なゲノム異常がないにもかかわらずβ2Mが著しく高い患者群の予後が、標準リスク患者よりも悪いだけでなく、ゲノム異常で定義されたハイリスク患者に匹敵するというデータです。これは、まだ解明されていない別のメカニズムによって引き起こされる高リスク状態が存在する可能性を示唆しています。
この新定義は、最先端のゲノム情報だけでなく、臨床で得られる普遍的な情報も統合することで、より包括的で実用的なリスク評価を目指していると言えるでしょう。
——————————————————————————–
結論
新しいIMS/IMWGのコンセンサス「CGS」は、多発性骨髄腫におけるハイリスクの定義を、単一のマーカーの有無で判断する時代から、ゲノム情報の組み合わせや量、そして臨床情報を統合して評価する、より精密でデータ重視の時代へと大きく転換させました。この統一された定義は、世界中で行われる臨床試験の質を高め、患者さん一人ひとりのリスクに応じた個別化治療の開発を加速させるための基盤となると考えられます。