私たちの体を病原体から守るために不可欠な免疫システム。その正常な機能の一部が、意図せずして小児白血病の再発を引き起こす原因となっていたとしたら・・・免疫細胞が多様な抗体を作り出すための「V(D)J遺伝子再構成」というプロセスから生じる、これまで無害な「ゴミ」だと考えられてきたDNAの断片が、実はがん細胞内で自己増殖し、ゲノムを破壊していたという知見が、『Nature』に掲載されました。
キーポイント
- 定説の打破: これまで無害で消滅すると考えられていた免疫システムの副産物(環状DNA)が、がん細胞内で自己増殖し、存続していることが初めて明らかにされた。
- 再発の予測: 白血病の診断時にこの環状DNAの量を測定することで、将来の再発リスクを高い精度で予測できる可能性が示された。
- 悪循環の発見: がん細胞自身が持つDNA複製システムが、意図せずしてこの危険な環状DNAの増殖を助け、さらなるゲノム破壊を招くという悪循環の存在が突き止められた。
1. 消えるはずだった免疫システムの「ゴミDNA」が細胞内で増殖していた
背景:V(D)J遺伝子再構成と「ゴミDNA」
免疫システムが、無数の病原体に対応できる多様な抗体を生み出すために、V(D)J遺伝子再構成というプロセスは不可欠です。これは、遺伝子の一部を切り貼りして、膨大な種類の組み合わせを作り出す仕組みです。この過程で、不要になった遺伝子断片が切り出され、「excised signal circles(ESC)」と呼ばれる小さな環状DNAが副産物として作られます。これまでの科学的定説では、このESCは「細胞分裂の過程で希釈され、やがて消えていく無害な存在」だと考えられてきました。
研究の目的と発見
しかし、研究チームはこの定説に疑問を投げかけました。本当にESCは無害で、ただ消えていくだけの存在なのだろうか? もしかしたら、がんのような異常な環境下では未知の役割を果たしているのではないか? この問いから研究はスタートしました。
そして、彼らは、「ESCは細胞分裂後も失われず、自己複製能力を持ち、何世代にもわたって細胞内に存続していた」ことを発見したのです。
これは、がん遺伝子を染色体外で増幅させ、予後不良と関連することが知られている「染色体外DNA(ecDNA)」と多くの共通点を持つ発見でした。これまで「ゴミ」だと考えられていたものが、実はがんの悪性化に関わる危険な因子とよく似た振る舞いをしていたのです。
この発見は、ESCが単に細胞内に「存在する」だけでなく、白血病の進行において臨床的に極めて重要な意味を持つ可能性を示唆するものでした。
2. 再発の指標?:診断時のESC量がその後の運命を左右する
この研究における最も重要な発見の一つは、B細胞前駆体急性リンパ性白血病(BCP-ALL)患者において、診断時に検出されたESCのコピー数が、その後の再発と極めて強く相関していたことです。
研究者たちはまず、健康な血液サンプルを基にESCレベルの「正常値の閾値」を設定しました。そして、後に再発してしまった患者群では、寛解を維持できた患者群に比べて、診断時点でこの閾値を超える異なる種類のESCが有意に多く存在していたことが明らかになったのです。この結果は、診断時にESCの量を測定することが、将来の再発リスクを予測するための新たなバイオマーカー(指標)になる可能性を示唆しています。
現在の治療では、すべての患者が同じように再発リスクを抱えているわけではありません。もし診断の段階で「この患者はESCレベルが高いため、再発リスクが高い」と特定できれば、より強力な治療法を選択したり、治療後の経過観察をより慎重に行ったりするなど、個別化された治療戦略を立てることが可能になります。逆に、ESCレベルが極めて低い患者を特定できれば、治療の強度を弱めるという選択肢も生まれます。これにより、特に子どもたちにとって深刻な化学療法の長期的副作用を軽減できる可能性があります。
また、通常は予後が良いとされるタイプの白血病(例:ETV6::RUNX1陽性)において、ESC高値が再発と強く関連していた点は非常に重要です。これは、ESC測定が既存のリスク分類に加えて新たな指標となりうることを示唆しています。
3. ゲノムの破壊者:RAG-ESC複合体による「cut-and-run」攻撃
ESCがゲノムを傷つけるメカニズムの主役は、本来V(D)J遺伝子再構成を担う「RAG酵素」です。正常な状態では厳密に制御されているこの酵素が、白血病細胞では異常に発現し続けることがあります。すると、RAG酵素は細胞内に蓄積したESCと結合し、「RAG-ESC複合体」という複合体を形成します。
この複合体は、ゲノム上の特定の配列(cRSS)を標的として、DNAの二本鎖を切断します。研究者たちはこの現象を「cut-and-run」と名付けました。これは、RAG-ESC複合体がゲノムのあちこちで損傷を引き起こし続ける様子を表しています。
研究チームは、ESCがゲノムを損傷する別のメカニズム(ゲノムへの再挿入)も検討しましたが、「cut-and-run」の方が60倍以上も高い頻度で発生する、主要なゲノム損傷のメカニズムであることを突き止めました。
また、重要なことに、この「cut-and-run」によるDNA切断は、白血病の再発に深く関与することが知られている遺伝子の近くで、特に高い頻度で発生していました。つまり、ESCはRAG酵素と手を組むことで、がんの悪性化を促進するような遺伝子変異を引き起こす「ゲノムの破壊者」として機能していたのです。
4. 悪循環の形成:がん細胞自身がESCの増殖を助けていた
研究チームが、再発しやすい患者の白血病細胞の遺伝子発現を分析したところ、DNAの複製や修復に関連する遺伝子群(例:PCNA, POLE3など)の発現が有意に高まっていることが判明しました。これは、がん細胞が増殖するため、DNAを複製し、その際に生じるエラーを修復するシステムを常にフル稼働させていることを示しています。しかし、このようにがん細胞が自身の増殖のために活性化させたDNA複製・修復システムが、意図せずして「ゴミ」であるはずのESCの複製も促進してしまっていたのです。
つまり、がん細胞は生き残るためにDNA複製能力を高めるものの、その能力が結果的にゲノム破壊者であるESCを増やしてしまい、その増えたESCがさらにゲノムを傷つけ、がんを悪化させる。このような自己破壊的な悪循環が、再発しやすい患者の体内で起こっている可能性が強く示唆されたのです。これは、一部の患者だけでESCが高レベルになっていることを説明する「細胞内在的な要因」と考えられます。
5. ESCを持つ細胞が、治療を生き延びクローンとして増殖していた
これまでの発見は、診断時のESCの量が多いと再発リスクが高まるという強力な証拠を示してきました。しかし、診断時にESCを持っていた細胞集団と、治療後に再発を引き起こした細胞集団は、本当に「同一」なのでしょうか。
研究チームは、V(D)J遺伝子再構成の際にゲノムに残されるユニークな「痕跡」を追跡することで、診断時と再発時で細胞の系譜をたどりました。
その結果、診断時に高いレベルのESCを持っていた細胞集団が、治療を生き延びて、再発時にクローンとして大きく増殖していたことがわかりました。これは、ESCを持つことで、細胞に治療抵抗性や生存上の優位性を与え、最終的に病気の再燃を引き起こす一因になっていたことを示唆しています。
おわりに
この研究は、これまで科学界が見過ごしてきた免疫システムの単なる「副産物のごみ」が、実はがんの進行と再発を駆動する中心的な役割を担う一因であった可能性を明らかにしました。この発見は、ESCと、がん遺伝子を増幅させることで知られる染色体外DNA(ecDNA)との違いも浮き彫りにしました。ecDNAは、がんの増殖を助けるために常に細胞内に存在し続ける必要があります。一方、ESCは「cut-and-run」攻撃によってゲノムに変異(損傷)を残します。この損傷は、たとえESC自体が後の細胞分裂で失われたとしても、娘細胞へと受け継がれ、がんの悪性化を促進し続けることになるのです。
将来的には、白血病の診断時にESCレベルを測定することが標準的な検査となり、再発リスクの高い患者を早期に特定できるようになるかもしれません。それにより、リスクに応じて治療の強度を調整するなど、より効果的で個別化された治療が開発されていくかもしれません。