ビタミンC(アスコルビン酸)は、私たちの健康に不可欠な栄養素として広く知られています。しかし、特定の血液細胞からビタミンCを意図的に枯渇させると、その細胞の能力、特に自己を複製し続ける力が劇的に向上することが明らかになりました。これは、ビタミンCが細胞の能力を無条件に高める単純なアクセルではなく、むしろその潜在能力を制御し、体内の秩序を保つための精巧な「ブレーキ」として機能している可能性を示唆しています。
キーポイント
- 能力の向上: 血液を作り出す幹細胞や前駆細胞からビタミンCを枯渇させると、自己を複製し、血液を再構築する能力が大幅に向上する。
- 役割の変化: 通常は短期的な役割しか持たない前駆細胞が、ビタミンCの欠乏により、長期的な自己複製能力を持つ「幹細胞」のような性質を獲得する。
- 「休止状態」がカギ: この性質変化のカギは、細胞が分裂を抑え、エネルギーを温存する「休止状態」という深い休息モードに入ることにある。
- 未知の経路: この現象は、これまで知られていたビタミンCの作用機序(Tet2酵素の補助)とは異なる、新たな分子経路の存在を示唆している。
1. 前駆細胞が「幹細胞」様に変化する
私たちの血液は、骨髄に存在する造血幹細胞(HSC)を頂点とする階層構造によって日々作り出されています。HSCは長期的に自己を複製し、あらゆる血球を生み出す能力を持ちます。その直下には、多分化能前駆細胞(MPP)が存在しますが、こちらは自己複製能力が限られており、短期的に血液を供給する役割を担っています。このHSCとMPPの間の明確な境界が曖昧であることは、生物学的に極めて重要です。
研究チームは、ビタミンCを細胞内に取り込む輸送体(Slc23a2)を欠損させたマウスの細胞を用いて実験を行いました。
- 対照群(正常なMPP): 正常なMPPを移植されたマウスでは、予測通り、血液の供給は一時的なものに留まりました。
- 実験群(ビタミンC欠乏MPP): 一方、ビタミンCを吸収できないMPPを移植されたマウスでは、本来HSCしか持たないはずの長期的な多系統への血液再構築能力が確認されました。これは、MPPがまるでHSCのように変化したことを意味します。
ビタミンC欠乏により、MPP集団内に含まれる長期再構築能力を持つ細胞の頻度は、実に10倍に増加しました。具体的な移植実験では、50個のMPPを移植した場合、対照群ではレシピエントのわずか9.5%しか長期的な再構築を達成できなかったのに対し、ビタミンC欠乏群では55%が達成するという大きな差が見られました。
2. 性質変化の秘密は「休止状態」にあった
性質変化の謎を解く第一のヒントは、細胞集団の構成変化にありました。研究チームが詳細に分析したところ、ビタミンCを欠乏させた骨髄では、HSCやMPPの中でも特に自己複製能力が高い、より「原始的」な亜集団(HSC-1, MPP-1)の割合が増加していることが判明しました。この細胞レベルでの「若返り」とも言える現象が、性質変化の基盤にあると考えられます。
一方で幹細胞がその能力を長期間維持するためには、「休止状態(quiescence)」と呼ばれる、細胞分裂を抑制した深い休眠状態に入ることが重要です。これにより、細胞分裂に伴うDNA損傷などのリスクを最小限に抑え、そのポテンシャルを温存することができます。
研究チームは、この深い休止状態についてさらに解析を行いました。
- 遺伝子発現解析: RNAシーケンシングにより、ビタミンC欠乏細胞では細胞分裂に関連する遺伝子群の発現が最も顕著に低下していることが明らかになりました。
- 細胞分裂マーカー: 細胞分裂中の細胞に取り込まれるBrdUという物質を用いた実験では、ビタミンC欠乏細胞は正常細胞に比べてBrdUを取り込む割合が有意に低い、つまり分裂頻度が低いことが示されました。
- ラベル保持実験: H2B-GFPという蛍光タンパク質で細胞を標識し、分裂するごとにその蛍光が薄まることを利用した実験では、12週間の追跡期間後、ビタミンC欠乏細胞は遥かに多くの蛍光を保持していました。これは、分裂回数が極めて少なかったことを意味します。
次に、研究チームは、休止状態にある細胞(H2B-GFPhigh)だけを選んで移植実験を行いました。休止状態にあるビタミンC欠乏MPPを移植されたレシピエントの80%が長期的な血液再構築を達成したのに対し、休止状態にある正常なMPPを移植されたレシピエントでは、長期再構築を達成できませんでした(0%)。
さらに、活発に分裂しているMPP(H2B-GFPneg)を移植した対照実験では、ビタミンC欠乏MPPですら長期的な血液再構築能力を示すことはできず、レシピエントの成功率は0%でした。この結果は、ビタミンC欠乏がもたらす性質変化は、細胞を「休止状態」に導くことによってのみ発揮される、ということを示唆しています。
これらの結果は、ビタミンCの欠乏がMPPを休止状態に導き、それによって長期的な自己複製能力という「隠された力」を引き出したことを示唆しています。
3. 未知の経路:従来の定説(Tet2)では説明できない現象
これまで、ビタミンCが細胞の運命を制御する主要なメカニズムの一つとして、Tet2という酵素の働きを助ける補因子としての役割が知られていました。Tet2はDNAのメチル化を修飾する重要な腫瘍抑制因子であり、ビタミンCがTet2の機能を促進することで、白血病の発生を抑制することなどが報告されていました。研究チームは、今回の発見もこの既知の経路で説明できるか検証するために、Tet2遺伝子を欠損させたマウスを用いて比較実験が行われました。しかし、結果は、従来の定説を覆すものでした。
- Tet2の役割: Tet2の欠損は、HSCの機能に一定の影響を与えましたが、MPPに長期的な自己複製能力を付与する効果はありませんでした。
- Tet2を介さない証拠: ビタミンC輸送体(Slc23a2)とTet2の両方を欠損させた細胞は、ビタミンC輸送体のみを欠損させた細胞と全く同じ強力な能力向上を示しました。
この事実は、ビタミンC欠乏がMPPの自己複製能力を高める効果は、Tet2に依存しない未知の経路を通じて引き起こされていることを示しています。つまり、ビタミンCは、これまで考えられてきた以上に多様なメカニズムで細胞の根源的な性質(分裂と休止のバランス)を制御していることが明らかになったのです。
結論
本研究は、ビタミンCが単なる栄養素ではなく、血液幹細胞や前駆細胞の自己複製能力を制限し、体内のバランスを維持する機能を有しているという、新たな姿を明らかにしました。通常、前駆細胞の能力に制限をかけることで、無秩序な増殖を防ぎ、安定した血液供給システムを維持していると考えられます。しかし、この制限を外れることで、前駆細胞は本来秘めていた幹細胞のようなポテンシャルを発揮することが明らかになったのです。