なぜ「大人と同じ薬」ではいけないのか
過去10年間、オンコロジー領域における経口治療薬の開発は大きな進歩を遂げました。しかし、成人の治療を一変させた革新的な新薬も、小児患者の手元に届く段階で大きな障壁に直面します。小児がん治療において、適切な投与形態(製剤)の確保は、「飲みやすさ」という問題だけでなく、治療の「有効性」と「安全性」に関わる極めて重要な要素です。
米国食品医薬品局(FDA)は、製剤の「受容性(Acceptability)」を、味・風味(palatability)と飲み込みやすさ(swallowability)の組み合わせとして定義しています。多くの成人向け経口薬は難溶性であり、液剤化が困難な状況です。そのため、現場では錠剤の分割やカプセルの開封(脱カプセル)投与が行われることがありますが、これにはリスクが伴います。錠剤内での薬物分布の不均一性による用量の不正確さや、小児に適した低用量規格が存在しないことは、治療域の狭い抗がん剤において致命的な毒性や有効性の欠陥を招きかねません。
キーポイント
- 精密な曝露量の確保: 成人用製剤の流用ではなく、体表面積(BSA)に基づく正確な用量調節と適切な相対的バイオアベイラビリティを担保する専用製剤が不可欠である。
- アドヒアランスと再発リスク: palatabilityの欠如はアドヒアランス低下を招き、小児急性リンパ性白血病(ALL)における6-メルカプトプリン(6-MP)の例が示したように、再発リスクの上昇をもたらす。
- 開発タイムラインの短縮: 成人向け承認から小児向けまで平均6.5年を要する現状を打破するためには、開発初期段階からのAge-agnostic(年齢横断的)なアプローチが必要である。
- 次世代技術: 3Dプリンティング(直接粉末押出法など)は、診療現場でのパーソナライズされた調剤を実現し、難溶性や投与経路の課題を解決する鍵となりうる。
セルメチニブ(SPRINKLE試験)が示した「継続」の力
小児向け製剤の開発が、幼児層へのアクセスを劇的に改善した事例が、セルメチニブ(Selumetinib)の「SPRINKLE試験」です。
SPRINKLE試験
神経線維腫症1型(NF1)に伴う叢状神経線維腫(PN)の治療薬であるセルメチニブは、2025年9月、幼児向けの「顆粒製剤(granule formulation)」としてFDA承認を取得しました。このPhase 1/2試験は、カプセル剤の服用が困難な1〜7歳の幼児を対象とし、以下の戦略的評価を行いました。
- 主要エンドポイント: 顆粒製剤とカプセル剤の「相対的バイオアベイラビリティ(Relative Bioavailability)」の比較、および食事による影響(food effect)の検証。
- 副次エンドポイント: 安全性、およびパタラビリティの定量的評価。
- 結果: 両製剤間で同等の薬物動態(PK)と安全性が確認されました。palatabilityのスコアはサイクル1からサイクル7にかけて向上しました。これは「適切な製剤設計があれば、投与の継続によって子供が服用に慣れ、長期的な遵守が可能になる」という臨床的エビデンスを示しています。
本レビューではこの意義を次のようにまとめています。
「DrieverらによるSPRINKLE試験は、小児腫瘍疾患において既知の有効性を持つ薬剤の製剤を開発・研究することの重要性を如実に示しており、2025年9月、FDAは1歳以上の小児に対するセルメチニブの承認に至った。」
また、この試験では「体表面積(BSA)に基づく用量調節ノモグラム」が導入され、小さな子供に対しても精密な投与が担保されていました。
承認までの「6.5年」というタイムラグの改善に挑戦
抗がん剤の小児向け開発は、成人向け開発から平均6.5年も遅れるという「タイムラグ」が長年の課題でした。しかし、開発初期から小児を戦略の中心に据えることで、このタイムラグを改善した事例が増えています。
早期開発とAge-agnosticモデルの成功
ラロトレクチニブ(larotrectinib)は、その成功例のひとつです。Loxo Oncology社は開発の極めて早期段階で液剤の開発を決定し、2018年には年齢やがん種を問わない迅速承認を実現しました。これにより、カプセルを飲めない乳児線維肉腫の患者らにも迅速に治療機会が提供されました。
また、以下の事例は製剤戦略がいかに承認を早められるかを示しています。
- エヌトレクチニブ(entrectinib): 2023年にカプセルから懸濁液を調製できるペレット製剤が承認され、生後1ヶ月という極めて低年齢の乳幼児からの使用を可能にしました。
- ダブラフェニブ+トラメチニブ: ノバルティス社が両剤の小児向け製剤を同時開発したことで、BRAF V600E変異陽性の小児低悪性度グリオーマ(LGG)における「初のフロントライン全身療法」としての地位を確立しました。
- トボラフェニブ(tovorafenib): 2024年の承認を支えた第II相試験「FIREFLY-1」では、懸濁液と錠剤の双方を用いることで、BSAが0.3 m²を超える最小クラスの患者の登録を可能にしました。
これらの事例は、小児向け製剤を後回しにするのではなく、成人向けと並行して「BSAベースのノモグラム」や「経管投与への対応」を検討することが、臨床試験の質と速度を最大化することを示しています。
3Dプリンティング:調剤の未来とパーソナライズ
既存の製剤技術(液剤やペレット)だけでは、難溶性薬剤の安定性や、個々の患者に合わせた超精密な用量調節に限界があります。ここで期待されるのが、3Dプリンティング技術の活用です。
特に「直接粉末押出法(Direct Powder Extrusion)」などの技術は、診療現場において、各小児患者の体重やBSAに完全に一致した用量を、最適な味や形状で即座に製造することを可能にします。これにより、従来の「錠剤を割る」といった不正確なプロセスを排除し、経管投与が必要な重症患者や、Neglected Diseasesに苦しむ小児に対しても、最適な製剤を提供できるようになります。この技術は、製剤開発における究極のパーソナライズ化を実現する可能性を秘めています。
さいごに
小児がん治療における新薬開発の主戦場は、有効成分の同定だけでなく、その成分を、いかにして安全かつ確実に子供たちの小さな体へ届けるかという「デリバリーの設計」こそが、現代のバイオ医薬品業界に課せられた使命です。
開発の初期段階から小児向け製剤の必要性を検討し、強固なPKデータと受容性を確保することは、倫理的に重要であると同時に、規制上の承認を早めることができるのです。