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再発性T細胞急性リンパ性白血病(T-ALL)に対する「pre-TCR」を標的とした新たな免疫療法

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Fuentes, Patricia et al. “Pre-TCR-targeted immunotherapy for T cell acute lymphoblastic leukemia.” Nature immunology vol. 26,10 (2025): 1712-1725. doi:10.1038/s41590-025-02265-w

T細胞急性リンパ性白血病(T-ALL)は、進行の速い血液のがんです。化学療法の進歩にもかかわらず、治療抵抗性や再発率が高く、予後不良のがんとして知られています。このがんの治療を難しくしている点は、がん化したT細胞と正常なT細胞が、表面に同じ抗原を持っていることです。そのため、がん細胞だけを攻撃しようとすると、正常な免疫細胞まで傷つけてしまい、重篤な副作用を引き起こすリスクがあります。本研究は、がん細胞が持つ特有の前駆T細胞受容体(pre-TCR)を標的とすることで、がん細胞だけを標的にする新たな免疫療法をテーマとしています。

キーポイント

  • T-ALL症例の約半数で、がん再発の根源となる「白血病幹細胞」に、正常な成熟T細胞には存在しない「前駆T細胞受容体(pre-TCR)」が発現していることが特定されました。
  • このpre-TCRからのシグナルが、がん細胞の増殖と進行に不可欠であることが遺伝子実験によって明らかとなりました。
  • pre-TCRを標的とする「抗体薬物複合体(ADC)」治療薬を開発。マウスを用いた実験で、白血病の進行を抑制し、生存期間を60%以上も延長させることに成功しました。
  • この新しい治療法は、正常なT細胞の発生に深刻な悪影響を与えないことが示され、有効性と安全性を両立できる可能性を秘めています。

1. T-ALLの弱点「pre-TCR」

研究チームは、まず37例のT-ALL患者サンプルを解析し、そのうちの約半数(22例、59%)が、T細胞の発生過程における「β選択」と呼ばれる段階で分化が停止していることを確認しました。この段階は、T細胞が将来、異物を認識するための受容体を正しく作れるかどうかの品質管理チェックポイントにあたります。そして、このチェックポイントで一時的に細胞表面に現れるのが、「前駆T細胞受容体(pre-TCR)」です。この発見が一部の患者に限られたものではないことを示すため、研究チームは1,300人以上のT-ALL患者を含む公開ゲノムデータベースを解析しました。その結果、実に54%の症例が、このβ選択の分化段階で停止した分子的な特徴を持つことが確認されました。

pre-TCRが理想的な治療標的である理由は、主に2つあります。

  1. 特異性:pre-TCRは、がん化した未熟なT細胞には発現していますが、ウイルスなどと戦う正常な成熟T細胞の表面には存在しません。特に今回の治療法が標的とするpTαという部分は、pre-TCRを構成する「invariant」の鎖であり、患者間で変化しない安定した標的となります。これは、がん細胞だけをピンポイントで標的にできることを意味します。
  2. 重要性:このpre-TCRは、治療後に再発を引き起こす元と考えられている「白血病幹細胞(LIC)」のバイオマーカーであることが明らかになりました。再発を防ぐためには、このLICを根絶することが不可欠です。

2. pre-TCRシグナルが白血病細胞の生存に重要

彼らは遺伝子サイレンシングという技術を使い、T-ALL細胞内でpre-TCRがシグナルを伝えるために不可欠なCMSというタンパク質の働きを止め、シグナル伝達を強制的にオフにしました。その結果、pre-TCRからのシグナルが断たれると、T-ALL細胞の増殖は著しく阻害され、マウス体内での腫瘍の進行も大幅に抑制されたのです。

つまり、pre-TCRが単なる表面の抗原ではなく、白血病幹細胞が生き残り、増殖するためのシグナル経路として機能しているということです。白血病細胞は、正常なT細胞が成長するために利用するこの生理的な増殖シグナル経路を乗っ取って、自らの生存の糧としています。そのため、治療から逃れるためにpre-TCRを捨てることは、自らの生存のためのシグナルを断つことに等しく、薬への「耐性」を獲得しにくい標的であると考えられます。

3. 抗体薬物複合体(ADC)による標的治療

今回標的治療として実験で使用されたのが、「抗体薬物複合体(ADC)」です。がん細胞の標的(pre-TCRのpTαサブユニット)にだけ特異的に結合する「抗pTαモノクローナル抗体」と、抗体が標的に到達した後に、がん細胞の内部に放出される強力な抗がん剤(細胞毒素、MMAEやDM1など)で構成される薬です。

pre-TCRは、抗体が結合すると細胞内に自然に取り込まれる(内在化する)性質を持っています。つまり、ADCの抗体部分がが標的に結合すると、標的自身がADCを細胞の内部へと引き込んでくれるのです。これにより、抗がん剤をがん細胞に直接送り届け、正常細胞へのダメージを最小限に抑えることができます。

研究チームは、この抗pTα-ADCを開発し、ヒトのT-ALL細胞を移植したマウス(PDXモデル)でその効果を試しました。

  • 抗pTα-MMAE(ADCの一種)を投与されたマウスでは、白血病細胞の増殖が有意に抑制されました。
  • 治療を受けたマウスの生存期間中央値は、対照群と比較して60%以上も延長されました。
  • このADCは、抗体単独の治療よりも、はるかに高い効果を示しました。

これらの結果は、pre-TCRを標的としたADC療法が、T-ALLに対して極めて有望な治療戦略であることを示唆しています。

4. 有望な安全性:正常な免疫細胞への影響は限定的

研究チームは、このADC療法の安全性を検証するため、正常なヒトの造血幹細胞をマウスに移植し、その体内で新たにT細胞が作られていく過程で、開発した抗pTα-DM1 ADCを投与しました。これにより、T細胞が生まれ育つ胸腺への影響を直接評価することができます。

実験の結果、ADC治療は正常なT細胞の発生(胸腺での分化)や、血液中の成熟T細胞の数に「深刻な悪影響を与えなかった」ことが確認されました。詳細に見ると、ADC投与群では胸腺の前駆T細胞がわずかに減少する傾向が見られましたが、その差は統計的に有意なものではありませんでした。これは、pre-TCRが発現するごく一時期の未熟な細胞だけが標的となり、その後の成熟過程や、すでに成熟したT細胞にはほとんど影響が及ばないことを示唆しています。

この安全性の高さは、この治療法を実用化する上で重要となります。がん治療でしばしば問題となる免疫力の低下のリスクを低減できる可能性があり、患者の生活の質を維持しながら、がんを強力に叩くことができるかもしれません。

さいごに

本研究は、治療が困難な再発・難治性のT-ALLに対し、新しい治療の選択肢を示しました。がん細胞に特有の弱点であるpre-TCRという標的としたADCの開発、そして前臨床モデルにおける有効性と安全性の証明まで、基礎研究から臨床応用への道筋を示しています。