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帯状疱疹ワクチンが認知症を防ぐ?オーストラリアの大規模研究が示す可能性

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Pomirchy, Michael et al. “Herpes Zoster Vaccination and Dementia Occurrence.” JAMA vol. 333,23 (2025): 2083-2092. doi:10.1001/jama.2025.5013

世界中で増加の一途をたどる認知症は、現代社会が直面する最も大きな健康課題の一つであり、その予防法の探求が急務となっています。そんな中、オーストラリアで行われた最近の大規模研究から、一般的に「帯状疱疹」の予防に使われるワクチンが、認知症の発症リスクを低下させるかもしれない可能性が示唆されました。

キーポイント

  • 帯状疱疹ワクチンの接種資格を持つことで、7.4年間にわたり新たに認知症と診断される確率が有意に低下することが示されました。
  • この研究は、誕生日による接種資格の有無を利用するというアプローチにより、従来の観察研究よりも因果関係を強く示唆する結果が得られています。
  • この発見は、ウェールズで行われた同様の研究結果を裏付けるものであり、エビデンス全体の信頼性を高めています。

1. HZワクチンと認知症リスクの低下

認知症予防の研究において、全く予期せぬ分野から新しい可能性が示されたことは、非常に大きな意味を持ちます。

本研究の主な結果は、帯状疱疹(HZ)ワクチンの接種資格を持つことが、その後の7.4年間の追跡調査期間中に新たに認知症と診断される確率を1.8パーセントポイント低下させたというものです(ワクチン接種資格のないグループの発生率が5.5%だったのに対し、資格のあるグループでは3.7%)。この結果は統計的にも有意でした(P = .01)。

この数値は、公衆衛生の観点から見れば非常に大きなインパクトを持ちます。高齢化が進む社会において、たとえ数パーセントでもリスクを低減できる安価な介入策は、何百万人もの未来を変える可能性があるからです。

2. 巧妙な研究デザイン:「誕生日」が明かした因果関係

ワクチン接種のような個人の選択が関わる研究では、「健康な人ほどワクチンを接種しやすい」といったバイアス(偏り)が結果に影響を与えがちです。今回の研究で、この問題を回避するために研究チームが利用したのは、オーストラリア政府が実施したワクチンプログラムの仕組みです。

  • 2016年11月1日、オーストラリアでは70歳から79歳の人々を対象に、帯状疱疹ワクチンの無料接種プログラムが開始されました。
  • ここで重要なのが、誕生日による厳格な線引きです。プログラム開始時点で80歳に達していた人々(1936年11月2日より前に生まれた人々)は、永久に無料接種の資格を得られませんでした。一方で、ほんの数日、数週間遅く生まれたために80歳に達していなかった人々は、接種資格を得ることができました。

この「誕生日による分断」が、強力な比較を可能にしました。生年月日がわずかしか違わない二つのグループは、年齢、健康状態、生活習慣など、あらゆる点でほぼ同一であると考えられます。唯一の大きな違いは、「ワクチン接種の資格があるかないか」という点だけです。このアプローチにより、ワクチン接種を選択する人々の背景にあるであろう「健康意識の高さ」といった交絡因子を自然に排除し、ワクチン接種資格そのものの影響を純粋に評価することができたのです。

3. 単なる偶然ではない

今回のオーストラリアでの研究成果で重要な点は、ウェールズで行われた同様の研究の結果と一致したことです。異なる国、異なる医療制度の下で同じ結論が導き出されたことは、この関連性が単なる偶然ではないことを強く示唆しています。

さらに、研究チームは他の要因が影響していないかを徹底的に検証しました。その結果、帯状疱疹ワクチンの接種資格は、認知症以外の15の主要な慢性疾患(高血圧や糖尿病など)の診断率や、他の予防医療サービス(インフルエンザワクチン接種など)の利用率には何ら影響を与えていないことがわかりました。この事実は、観測された効果が、単に医療機関との接触が増えたことによる副次的なものではなく、認知症のプロセスに特異的に関連している可能性が高いことを示唆しています。

4. なぜ効くのか?考えられるメカニズム

この研究はワクチン接種資格と認知症リスク低下との間に強い関連性を示しましたが、その生物学的なメカニズムを解明することは、今後の研究における重要なステップです。現在のところ、専門家はいくつかの可能性を指摘しています。

  • ウイルスとの直接的な関係 帯状疱疹の原因となる水痘・帯状疱疹ウイルスのようなヘルペスウイルスが、認知症の発症に関与しているという説があります。ワクチンがウイルスの再活性化を防ぐことで、神経系の炎症やアミロイド(認知症の原因物質の一つ)の蓄積といった、脳にダメージを与えるプロセスを未然に防いでいる可能性があります。
  • ウイルス間の間接的な関係 水痘・帯状疱疹ウイルスが再活性化すると、それが引き金となって、脳内に潜伏している単純ヘルペスウイルス(こちらも認知症との関連が指摘されている)を再活性化させてしまうという仮説です。帯状疱疹ワクチンは、この最初の引き金を引かせないようにするのかもしれません。
  • 免疫系への広範な効果 今回研究されたZostavaxのような生ワクチンは、特定の病原体を標的とするだけでなく、免疫システム全体を調整・活性化する「オフターゲット効果」を持つことが知られています。この広範な免疫調整機能が、認知症の発症プロセスに対して保護的に働く可能性も考えられます。

重要な点として、この研究の対象となったのは生ワクチンであるZostavaxであり、その結果はこのワクチンに特有のものです。より新しい遺伝子組換えワクチン(シングリックスなど)の効果については、この研究では評価されていません。

研究の限界と今後の課題

研究チームは、使用したプライマリケアの医療記録では認知症が実際よりも少なく診断されている可能性(過小診断)や、結果がプログラム開始時に80歳前後だった特定の年齢層に限定される点を指摘しています。また、統計的な信頼区間が比較的広く、実際の効果は示された数値よりも小さい可能性も残されています。これらの点を踏まえ、今後のさらなる研究が期待されます。

まとめ

オーストラリアで行われた本研究は、帯状疱疹ワクチンが認知症の負担を軽減するための「低コストで効果の高い」介入策となりうる、というエビデンスを提示しました。この発見は、ウェールズでの先行研究によっても裏付けられており、その信頼性は非常に高いと言えます。