再発または治療が困難となった進行性の大細胞型B細胞リンパ腫(LBCL)は、これまで有効な治療選択肢が限られ、予後が厳しい疾患でした。この状況に対して、患者自身の免疫細胞を遺伝子改変してがんを攻撃させるCAR-T細胞療法が開発されました。この治療法により、一度の投与で劇的な効果を示すことが報告されてきましたが、その効果がどれほど長く続くのか、そして「治癒」と呼べるほどの長期生存をもたらし得るのかは、医学界における大きな関心事の一つでした。そしてこの度、CAR-T細胞療法のチサゲンレクルユーセル(tisagenlecleucel, tisa-cel)の有効性と安全性を検証した国際共同臨床試験「JULIET」の5年間にわたる長期追跡調査の結果が発表されました。
キーポイント
- 一部の患者で「治癒」の可能性が現実的に: 治療が奏効した患者の61%が5年後も無再発生存を維持。その多くは追加治療なしで寛解状態にあり、「治癒」の可能性を強く示唆しています。
- 5年後も揺るがない、バランスの取れた安全性: 5年以上の追跡で新たな、あるいは予期せぬ安全性の懸念は報告されませんでした。二次性のT細胞性悪性腫瘍の発生もなく、長期的な安全性が確認されました。
- 治療効果の予測因子が明らかに: 治療前の炎症マーカー(LDH、CRP)の値が低いことや、特定の腫瘍特性、免疫状態が良好な長期成績と関連しており、将来の個別化医療への道筋を示しています。
JULIET試験の概要
本試験には115名の患者が参加しました。
- 試験名:
- JULIET (ClinicalTrials.gov identifier: NCT02445248)
- 試験フェーズ:
- 第II相、単群、非盲検、多施設共同、国際共同試験
- 主要評価項目:
- 主要評価項目に関する結果は、以前の報告で公表済みです。
- 副次評価項目:
- 今回の5年間の追跡調査では、奏効期間(DOR)、無増悪生存期間(PFS)、全生存期間(OS)といった長期的な有効性と安全性が評価されました。
- 結果の要約(有効性):
- 全奏効率(ORR): 53.0%
- 完全奏効率(CR): 39.1%
- 結果の要約(安全性):
- 5年以上の追跡期間において、新たな安全性のシグナルや予期せぬ後発事象は報告されませんでした。
1. 一部の患者に「治癒」の可能性
CAR-T細胞療法が注目される理由は、一度の治療で単に余命を数ヶ月延長することだけではなくではなく、一部の患者にとってはがんの「治癒」をもたらす可能性を秘めている点にあります。JULIET試験の長期追跡結果において最も重要なポイントは、その持続的な治療効果です。
- 長期生存率: 治療薬を注入した全患者における5年後(60ヶ月時点)の全生存率(OS)は32%でした。さらに、治療に完全奏効または部分奏効を示した患者に限定すると、この数値は56%にまで上昇しました。これは、多くの治療を乗り越えてきた難治性の患者集団において、非常に良好な結果と言えます。
- 持続的な効果を示す二つの指標: 特に重要なのは、治療が奏効した患者における奏効期間の中央値(DOR)が「未到達」であったという点です。これは奏効患者の半数以上が5年経過時点でも寛解状態を維持していることを意味します。これをさらに裏付けるのが、奏効患者における60ヶ月時点の無再発生存確率が61%であった点です。つまり、一度効果が得られた患者の6割以上が、5年後も再発なく生存していたことを示しており、治療効果が極めて長期にわたって持続する可能性を示唆しています。
論文の著者らは、この結果の重要性を次のように述べています。 「チサゲンレクルユーセルの輸注から5年以上が経過し、追跡調査中の患者の大多数(30人中24人、80%)は、新たな追加治療を受けることなく寛解状態を維持しており、再発・難治性LBCL患者の一部における治癒の可能性を示唆している。」
2. 5年後でも良好な安全性プロファイル
- 新たな安全性の懸念はなし: 5年以上にわたる追跡期間中に、新たな安全性のシグナルは報告されませんでした。治療初期に見られるサイトカイン放出症候群(CRS)や神経毒性といった副作用は既知のものでしたが、時間が経過した後に予期せぬ有害事象が現れることはありませんでした。
- 二次性T細胞悪性腫瘍の報告なし: CAR-T細胞療法で理論的に懸念されるリスクの一つに、遺伝子改変されたT細胞自体ががん化してしまう「二次性T細胞性腫瘍」があります。今回の長期追跡において、このような症例は一例も報告されませんでした。これは、この治療法の長期的な安全性を担保する上で極めて重要な点です。
- 遅発性の有害事象に関する評価: 3年以上にわたり追跡された患者35人のうち14人(40%)で遅発性の有害事象が報告されました。また、3年経過以降に疾患の再発以外で亡くなった患者が4名おり、その原因は骨髄異形成症候群、細菌性敗血症、呼吸不全でした。しかし、これらの事象はCAR-T細胞療法に特有の予期せぬものではなく、全体として長期的な安全性プロファイルは許容可能であると結論付けられています。
3. どのような患者に最も効果があるか? 長期的な効果を予測する
JULIET試験の解析では、長期的に良好な結果と関連するバイオマーカーがいくつか特定されました。良好な長期成績と関連が見られたのは、以下の要因です。
- 臨床的特徴:
- 乳酸脱水素酵素(LDH)が正常上限値以下: LDHは腫瘍量や疾患活動性のマーカーであり、この値が低いことは、治療開始時の疾患の勢いが比較的穏やかであったことと関連していました。
- C反応性タンパク質(CRP)が15 mg/L未満: CRPは体内の炎症を示すマーカーです。この値が低いことは、全身の炎症レベルが低いことを示唆し、より良好な免疫状態と関連している可能性が考えられます。
- 腫瘍の特性:
- Myc陰性の腫瘍: Mycはがんの増殖に関わる遺伝子で、陰性であることがより良い予後と関連していました。
- T細胞浸潤度が高い腫瘍: 腫瘍組織内に、がんを攻撃するT細胞が多く集まっている状態は、患者自身の免疫システムがもともとがんと戦おうとしていたことを示しており、CAR-T細胞が活動しやすい環境であった可能性を示唆します。
- 免疫状態:
- 疲弊したT細胞が少ない状態: 長期にわたるがんとの戦いで疲弊したT細胞が少ないほど、CAR-T細胞の元となるT細胞が健康であり、治療効果が高まることが示されました。
4. 体内で生き続ける「生きた薬」
CAR-T細胞療法が従来の抗がん剤や分子標的薬と根本的に異なるのは、それが体内で増殖し、長期間にわたって機能し続ける「生きた薬」であるという点です。薬を投与すれば体内で代謝・分解されていく従来の薬剤とは異なり、CAR-T細胞は一度体内に戻されると、がん細胞を見つけては攻撃し、自らも増殖してその状態を維持します。
- 解析の結果、治療薬であるチサゲンレクルユーセルの遺伝子(transgene)が、治療が奏効した患者の末梢血から最長で1,830日(約5年)後まで検出されました。
- 対照的に、治療が奏効しなかった患者では、遺伝子は最長でも1,480日までしか検出されませんでした。
この比較から見えてくるのは、単にCAR-T細胞が長く体内に残るということだけではありません。治療効果が持続した患者において、CAR-T細胞がより長く、より強固に体内で生存し続けていることが、持続的な寛解のメカニズムとの関連を示唆しています。
まとめ
JULIET試験の5年間にわたる追跡調査の結果は、チサゲンレクルユーセルが再発・難治性の大細胞型B細胞リンパ腫に対する革新的かつ標準的な治療法の一つであることを示しています。一度の治療によって長期的な寛解が得られ、一部の患者には「治癒」をもたらす可能性を示唆しました。さらに、長期的な安全性プロファイルも良好であり、新たな懸念は示されませんでした。